全 情 報

ID番号 00222
事件名 地位保全仮処分申請控訴事件
いわゆる事件名 伊豆シャボテン公園事件
争点
事案概要  人件費の増大を防ぐ方策としての人員削減を意図する定年制の就業規則への導入に際して、男子労働者より一〇歳低い定年年齢四七歳に既に達していた女子労働者が、九ケ月の実施猶予期間を経た後退職したものとして取扱われたので従業員としての地位保全、賃金仮払の仮処分を申請した事例。(一審 申請認容、当審 控訴棄却)
参照法条 労働基準法3条,4条
日本国憲法14条
民法90条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 男女別定年制
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 1975年2月26日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ネ) 2679 
裁判結果 棄却
出典 労働民例集26巻1号57頁/時報770号18頁/東高民時報26巻2号22頁/タイムズ318号207頁
審級関係 一審/00220/静岡地沼津支/昭48.12.11/昭和47年(ヨ)59号
評釈論文 中山勲・憲法判例百選【1】20頁
判決理由  〔労基法の基本原則―均等待遇―男女別定年制〕
 本件のような就業規則による定年退職制は退職に関する労働条件であり、女子についての定年を男子のそれより低く定めることは女子労働者の労働条件に関する差別待遇といえる。ところで、憲法一四条は法の基本原理として法の下の平等について規定し、人種、信条、社会的身分、門地等と同様性別による差別を禁じている。そして、同条の規定を受けて制定された労働基準法三条は、国籍、信条または社会的身分を理由とする労働条件についての差別を禁止し、同法四条は、性別を理由とする賃金についての差別を禁止しているけれども、同法三条及び四条は、その規定の仕方において性別を理由とする賃金以外の労働条件についての差別については規定していない。したがって、同法三条及び四条に規定がなくても性別を理由とする賃金以外の労働条件についての差別を禁ずる趣旨と解すべきかどうかについては、労働基準法一一九条は、同法三条及び四条に違反する使用者に対する罰則を定めているのであるから、罪刑法定主義の原則に照らすと、右法条を拡張して解釈することは許されないと解するのが相当である。そして、同法三条が性別を理由とする差別について規定せず、同法四条が「賃金」以外の労働条件につき性別による差別を規定していないところからすれば、同法は、性別を理由とする賃金以外の労働条件について差別することを直接禁止の対象としているものではないと解される。また、控訴会社の主張するように、憲法一四条等の基本的人権の保障に関する規定は、私人間の行為を直接規律するものではないから、私人間の行為の効力を直接左右するものではなく、性別を理由とする差別的取扱いの禁止も、男女の自然的・肉体的条件の相違に応じた合理的な差別をも否定するものではないと解される。しかしながら、憲法一四条が国または公共団体と私人との関係において保障する男女平等の原理は、元来、同法二四条とあいまって、社会構造のうちに一般的に実現せられることを基調としているので、合理的理由のない差別の禁止は、一つの社会的公の秩序の内容を構成していると解されるから、労働条件についての差別が、専ら女子であることのみを理由とし、それ以外の合理的理由が認められないときは、右のような不合理な性別による差別を定めた就業規則の規定は、民法九〇条により無効であるというべきである。
 六、以上のとおり控訴会社が本件定年制を採用するにつき合理的理由として主張するところはすべて理由がない。然るときは、女子従業員の定年を四七才、男子従業員の定年を五七才と、男子より一〇年低く定める本件定年制は、女子従業員に対する不合理な性別による差別というべきであるから、控訴会社の右就業規則の規定は民法九〇条により無効であるといわざるを得ない。
 七、以上のとおり女子従業員に対する本件定年制は無効であるから、被控訴人らは本件定年制及びその実施に伴う経過措置により、定年退職したとされた昭和四七年三月五日以降において依然として控訴会社の従業員としての地位を保有していることは明らかであり、前記認定のとおり、控訴会社は被控訴人らの従業員としての地位を認めず賃金の支払をしていないから、被控訴人らは控訴会社に対し右地位の確認および民法五三六条二項により賃金の支払を請求する権利があるといえる。したがって、被控訴人らの本件申請につき、被保全権利の疏明があるというべきである。
 〔就業規則―就業規則の一方的不利益変更―定年制〕
 右のように労働者の同意のない本件定年制は無効かどうかについて考えると、使用者があらたな就業規則の作成または変更によって労働者の既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件の変更を一方的に課することは原則として許されないと解されるが、《疏明略》によると、控訴会社の従前の就業規則第六三条は「定年制は別に定める」としながら、別段の定めはなかったところ、本件定年制によりその具体的実施を図ったものであることが認められ、かつ、定年制を設けること自体については組合側も賛成していたことは前記認定のとおりであるから控訴会社における定年制の採用自体は使用者が労働者に不利益な労働条件の変更を一方的に課した場合に該当するものとは解されないので、就業規則の変更について個々の労働者の同意を欠くことの一事をもって本件定年制の実施を直ちに無効となし得ないことは明らかである。