全 情 報

ID番号 00244
事件名 譴責処分無効確認請求事件
いわゆる事件名 富士重工業事件
争点
事案概要  原水爆禁止運動の組織、活動状況等について事情聴取を受けた従業員が、会社の調査に協力しなかったことを理由として、就業規則に基づき譴責処分に付せられたので、譴責処分の付着しない労働契約上の権利を有することの確認を請求した事例。(請求認容)
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 思想・信条の調査、調査協力義務
裁判年月日 1972年12月9日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和44年 (ワ) 13855 
裁判結果 (控訴)
出典 時報687号36頁/タイムズ288号114頁
審級関係 上告審/00248/最高三小/昭52.12.13/昭和49年(オ)687号
評釈論文 阿久沢亀夫・季刊労働法87号156頁/岩出誠・ジュリスト553号144頁/吉川基道・月刊労働問題183号112頁/橋詰洋三・労働判例百選<第三版>〔別冊ジュリスト45号〕40頁/近藤富士雄・労働判例166号24頁/小西国友・判例評論174号32頁/萩沢清彦・判例タイムズ294号94頁
判決理由  企業は、個々の労働者から個別に提供される労働力を有機的に結合し、これを統合することによって運営される。雇用契約の締結により、使用者は業務を円滑に遂行するため、労働者から提供される労働力を配分して、その効率的な運用のためにこれを指揮監督する権限を有し、労働者は、これに対応して企業組織の中に組み入れられ、その労務提供の時間、場所、方法等について使用者の発する必要な指揮、命令に従うべき義務を負う。
 企業秩序は、多数の労働者を擁する企業の存立、維持のために必要な秩序であるから、使用者は、企業秩序が乱されることを防止するとともに、もし企業秩序に違反するような行為があった場合には、その違反行為の態様、程度等を調査して違反者に対し必要な業務上の指示を与えたり、あるいは業務命令を発し、また、就業規則等に基づき懲戒処分を行なうこと等によって乱された企業秩序を回復、保持すべき必要がある。他方、労働者も、雇用契約の履行として労務を提供するについては、企業秩序維持のため使用者の発する必要な指揮、命令に従うべきことはもとより、企業秩序を乱すような行為をしてはならないし、後記のような条件のもとにおいては、使用者による企業秩序違反行為の調査に協力すべき義務を負う場合もある。
 (中 略)
 労働者は雇用契約の締結により使用者に対し労務提供の義務を負担し、その義務の履行過程においてのみ企業秩序の支配に服するのであって、雇用契約およびこれに基づく労務の提供を離れて、使用者の一般的な支配に服するものではない。換言すれば、労働者は、全人格を使用者に売り渡しているのではないから、使用者に対し無定量の忠実義務ないし絶対的な服従義務を負うものではない。使用者による企業秩序違反行為の調査に対する労働者の協力義務の範囲も、この観点から自ら制約があるのであって、この義務は、決して労働者の全行動領域にわたる広範、無制限のものではない。労働者は、その職務執行中ないし職務執行に関連して自己が直接に経験した第三者の企業秩序びん乱行為についてのみ、使用者の調査に協力すべき義務を負うにすぎないものと解するのが相当である。たとえば、労働者が職場内であっても休憩時間中にあるいは職場外でたまたま他の労働者の不都合な行為を目撃したとしても、それが目撃者たる労働者の職務とはなんらの関係もないことである限り、後日、使用者から他の労働者の行為に関して調査されたとしても、これに答えるべき義務はない。もっとも、他の労働者に対する指導、監督責任を使用者に対して負うべき立場にある管理職の場合は、問題は別である。これに反し、労働者が職場の内外を問わずその職務に関連してこれに悪影響を及ぼすおそれのある他の労働者の不都合な行為を実見したときは、労働者は、他の労働者の行為に対する使用者の調査に協力すべき義務がある。けだし、この場合における他の労働者の不都合な行為は、労働者の雇用契約の履行過程において、その完全な履行に対する一種の障害事由として発生したものである。そして、このような行為は、労働者の職務遂行に通常なんらかの悪影響を及ぼすことが予想されるから、労働者は労務提供の付随義務として、その障害事由の程度に応じて、場合によっては積極的にこれを使用者に報告する義務を負い、受動的には使用者のその点に関する調査に協力すべき義務を負うのである。被告会社の就業規則第七〇条第三号の規定する懲戒処分事由たる「他人の不都合な行為を故意にかくしたとき」とは、前記のような他の労働者の不都合な行為があって、労働者が使用者に対しその報告義務があるのに、調査に応ずることを拒否したような場合を指すものと解すべきである。ただし、この場合においても、労働者が他の労働者の不都合な行為に自らも加担していて、使用者の調査に協力すると、自分自身にも不利益を及ぼすおそれのあるようなときは、協力義務の存在を否定すべきである。けだし、何人も自己に不利益な陳述を刑罰または懲戒処分の危険をおかして強制さるべきではないからである。
 原告に対する質問事項の内容は、労働者が調査に協力すべき義務を負う場合の要件たる労働者の職務執行中ないし職務執行に関連して自己が直接に経験した事項に該当すると認められるようなものではない。すなわち、Aが就業中の原告に対し原水爆禁止の署名を求め、原告の職務執行を妨害しなかったかどうか等を具体的に聞き出そうとするようなものではなく、むしろ原告その他被告会社従業員の一部が行なった原水爆禁止運動の組織、活動状況等について具体的に聞き出そうとしたものである。被告のこのような事項の調査の意図がどこにあるかはとも角として、前説示したところによれば、原告には、このような被告の調査に協力すべき義務は全くなかったものといわなければならない。