全 情 報

ID番号 00245
事件名 賃金請求併合事件
いわゆる事件名 動労静岡鉄道管理局事件
争点
事案概要  青年研修会への参加を命じられた日に年休を請求して勤務に従事しなかった、或いは日常の勤務に従事した国鉄職員らが、その日の賃金額を賃金から控除されたので、右金額の支払を請求した事例。(請求棄却)
参照法条 労働基準法2章,24条,39条4項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 業務命令
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権
年休(民事) / 時季変更権
年休(民事) / 年休の自由利用(利用目的) / 年休利用の自由
裁判年月日 1973年6月29日
裁判所名 静岡地
裁判形式 判決
事件番号 昭和42年 (ワ) 506 
昭和42年 (ワ) 540 
昭和43年 (ワ) 31 
昭和43年 (ワ) 53 
裁判結果 棄却
出典 労働民例集24巻3号374頁/タイムズ299号383頁
審級関係
評釈論文 中嶋士元也・ジュリスト582号144頁/林和彦・労働判例182号14頁
判決理由  〔労働契約―労働契約上の権利義務―業務命令〕
 一般的にいって、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもって指示命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあることはいうまでもない。すなわち、労働者は使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示命令である業務命令にはこれに従わざるを得ない。そうすると、業務命令をもって指示命令することのできる事項であるかどうかは、当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものというべく、結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰することになる。
 このことを前提として、労働者に対し業務命令をもって参加を命じ得る研修の範囲について考えてみると、現在の我が国における労働契約のほとんどがいわゆる終身雇用制を前提とし、年功序列による昇進などによってその提供すべき労務内容が長い期間の間に時とともに異なり得る雇用形態であることを考慮すれば、一般的にいって原告らの主張するような単に現在の業務遂行に必要な技術・技能研修あるいは就業規則等の修得のための研修のみにとどまらず、より広く労働者の労働力そのものを良質化し向上させるための研修であっても、これへの参加を業務命令をもって命じ得るものといわざるを得ない。もっとも、このことは企業の要請のままに人間開発・人格形成をなす義務を労働者に負担させることを意味するものでないことはいうまでもなく、したがって被告の主張する人格陶冶のための教養教育などは一般的には業務命令をもってその受講を命じ得ないものというべきである。
 このような考え方に立って本件青年職員研修会について検討すると、この研修会が前認定のように、青年職員に対して規律正しい共同生活を体験させ心身ともに健全な職員を育成することを目的とし、専任安全管理者および業務別安全管理者による安全講座および安全座談会を実施したものである以上、これに対する参加は業務命令をもってこれを命じ得るものというべきである。すなわち、労務の提供が事業体のなかで有機的に行なわれる現代の企業のもとにおいては、なによりも職場における規律と協同が重んじられ、これなくしては多数の労働者による円滑な共同作業は不可能であるから、労働者の協調性ないし規律を遵守する精神の増進を図ることは労働力の良質化・向上を図ることとしてとらえることができ、また、国鉄職員の場合安全に関する教育啓蒙のための研修を受けることは業務遂行に直接必要なものとして当然に労働契約のなかに含まれると解すべきであるから、本件研修はいずれの意味においても業務命令をもって参加を命じ得る研修の範囲内にあるということができると解されるのである。もっとも本件青年職員研修会が、原告らが主張するようにレクリエーション的な色彩をかなり帯びていたことは前認定の研修日程によっても明らかであるが、規律正しい共同生活を体験させることが主たる目的である以上、その内容においてスポーツあるいは演芸等のレクリエーション的な要素があったとしてもこれをもって直ちに業務命令をもって命じ得る範囲をこえるものとすることはできない。
 〔賃金―賃金請求権の発生―就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 原告X1、X2、X3、X4に対して別表(二)記載のとおり本件青年職員研修会への参加を命ずる業務命令が伝達されたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、原告X5に対して右業務命令が伝達されたことが認められ、また(証拠略)によれば、原告X6に対しても右業務命令が伝達されたことが認められ、右各認定を左右するに足る証拠はない。
 ところが(証拠略)によると、右原告ら六名の右研修会に参加すべき日の業務はいずれも他の代務者が充当されていて、その者によって行われることに変更されていたのにかかわらず、原告らは研修会に参加せずに、先の変更された業務に就こうとしたこと(原告は午前中のみ)が認められ、これに反する証拠はない。
 そうすると前述のとおり、右青年職員研修会への参加を命ずる業務命令が有効なものと認められる以上、たとえ原告らが右あらかじめ定められた仕業の勤務についたとしても、労働契約の債務の本旨に従った履行ということはできず、賃金が発生するに由ないものといわなければならない。
 したがって請求原因第(三)項記載の原告らについても、被告のした賃金カットは適法なものといわざるを得ない。
 〔年休―時季変更権、年休の自由利用(利用目的)―年休利用の自由〕
 一般に争議行為は「労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行なう行為であって、業務の正常な運営を阻害する行為」をいうと解されるから、青年研修反対という要求貫徹のため、研修を受けるべき者自身が年休をとって研修に参加しないというのは一応争議行為に当たるものということができよう。けだし研修の場合その者に研修を受けさせることが業務なのであるから、その研修を命ぜられた者が研修に参加しないということになると、それだけで業務の正常な運営が阻害されるというべきことになるからである。しかし一方で、年休をどのように利用するかは使用者の干渉を許さない労働者の自由であると解される。とすると、原告らのこの程度の休暇闘争をもって、いわゆる一斉休暇闘争と同じくもはや年休に名を藉りた争議行為であって本来の年次有給休暇権の行使ではないといってしまうのは必ずしも妥当ではあるまい。同様に被告をこまらせるだけの、権利の濫用であるとするのもあたらない。
 (中 略)
 前出(証拠略)によると、被告は別表(三)の記載のとおり各原告に対し告知者の職氏名欄にしるされた職にある者から告知の日時欄記載の日時に、それぞれ請求のあった年休に対して「その日は青年職員研修会に出席のための出張になっているから年休を賦与できないので、他の日に請求してもらいたい」旨を告知し、いわゆる時季変更権を行使したことが認められる。
 (中 略)
 そして青年職員研修会へ職員を参加させることが当該事業場(本件の運転所や機関区)にとって労働基準法第三九条第三項但書にいう事業に含まれると解するのが相当であるから、原告らが右研修会に参加すべき日に年休を請求するのは客観的に事業の正常な運営を妨げる場合に該当するというべきである。
 したがって被告の時季変更権は適法に行使されたものというべきであり、そうだとすれば、別表(三)の原告らの本件年休の請求がその効力を生じないものとしてした被告のいわゆる賃金カットにはなんら違法の点は認められず、その違法を前提として賃金控除額の支払を求める原告らの請求はいずれも理由がないといわなければならない。