全 情 報

ID番号 00303
事件名 配置転換処分効力停止仮処分申請事件
いわゆる事件名 吉野石膏事件
争点
事案概要  同一会社に勤務していた夫婦のうち夫に対する東京工場から岡山営業所への配転命令の効力を仮に停止することが求められた事例。(申請却下)
参照法条 労働基準法2章
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
裁判年月日 1978年2月15日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和52年 (ヨ) 2405 
裁判結果 却下(確定)
出典 労働民例集29巻1号89頁/時報926号119頁/労経速報972号14頁/労働判例292号20頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔配転・出向・転籍・派遣―配転命令権の限界〕
 二 債務者は、本件転勤は債権者債務者間の労働契約に基づき、債務者が労務指揮権の行使として労務の提供場所を指定したものであって、労働契約の内容として労務提供場所が特別限定されていない以上、労務指揮権によって実現される労務履行の態様の問題にすぎず、労働契約履行の過程に生ずる一事実にとどまるから、権利または法律上の利益の問題ではなく、これが効力を争うことは単に事実の効力を争うに帰するし、また本件転勤が債権者債務者間の労働契約になんらの消長を来たすものでもないから、本件転勤の効力如何は債権者の現在における法律的地位ないし債権者債務者間の法律関係にかかわりがなく、従って本件申請は被保全権利を欠き不適法なものであると主張する。なるほど職種や就労場所が労使間で明確に合意され、その範囲内で転勤命令が発せられる場合、右命令は使用者が自由になしうる指示または指揮命令という事実行為にすぎないが、労働条件に関する権限が一定の範囲で使用者に包括的に委ねられていると認められる場合、使用者の意思表示により労働者の職種、就労場所等を一方的に変更することは、単なる事実行為にとどまるものではなく、労働契約の内容を変更するところの形成的な意思表示と解せられるから、その当否は当然民事訴訟の対象となり、また包括的授権の範囲を超えて転勤命令が発せられた場合には使用者の一方的意思表示により労働条件が変更されるものではなく、従ってそのことで労使間に紛争を生じた場合にも民事訴訟の対象となりうるものであるところ、疎明資料によれば、債務者会社の就業規則には業務上必要な場合従業員に転勤を命じうる旨定められており、債権者はこれを承知して入社し、しかも債務者会社においてはこれまでしばしば転勤が行われていたことが明らかであって、かかる事実に照すと、債権者債務者間の労働契約においては就労場所等の労働条件について使用者たる債務者に包括的な処分権が委ねられており、本件転勤命令は右権限の行使としてなされたものと認めるのが相当である、従って本件転勤命令は前記のごとく形成的な意思表示というべきであり、その適否は当然訴訟の対象となるものであるから、債務者の前記主張は失当であるといわなければならない。
 〔配転・出向・転籍・派遣―配転命令権の濫用〕
 三 そこで本件転勤命令の適否について以下検討する。
 1 債権者は本件転勤命令は業務上の必要性、合理性がないばかりか、夫婦、親子の別居を強い債権者の家庭生活を破壊するものであって人事権を濫用するものであるから無効であると主張するので検討する。転勤は労働者の生活に重大な影響を与えるものであるから業務上の理由に基づくものでも無制約に許されるべきものではなく、転勤につき業務上の必要性および当該労働者を選択したことの妥当性(以下併せて転勤命令の合理性という。)の存することが必要であることはもとより当然であるが、他方転勤命令は使用者の有する労働指揮権の行使として発せられるものであるから、右命令の当否については相当大幅に裁量の余地が認められるべきであり、しかも労働者は使用者と労働契約を締結することによってその個人的生活に諸種の影響を受けることを当然予測すべきものであるから、当該転勤命令が合理性を備えている場合には転勤が労働者の生活関係を根底から覆えす等の特段の事情がないかぎり、権利の濫用とならず、従って労働者は右転勤を拒み得ないものと解するのが相当である。そこで右の観点に立って本件転勤命令が権利濫用にあたるか否かについて検討する。
 (中 略)
 本件転勤命令によって共稼ぎ夫婦である債権者夫婦が別居するか、その一人が退職するかは共稼ぎ夫婦の一方の転勤によって通常生ずる事態であり、通常予測されないような異常なものとはいえないし、さらにかりにAが退職し債権者と共に岡山へ赴いた場合なるほど収入は減少するが、支出も共稼ぎのときに比べて相当に減少するはずであるから経済生活はやや窮屈になるとはいえそれほど悪化するとは考えられないし、疎明資料によれば、赴任先でのAの就職斡施等について債務者会社においても努力する旨約していることが明らかであり、さらに債権者らが別居生活を営む場合、会社はAに保育園への送迎時間等につき便宜を与える旨約して本件転勤に伴う不利益をできるかぎり防止すべく努めていることが明らかであり、かかる事実に照らすと債権者が本件転勤によって被る不利益をもって債権者の生活関係を根底から覆えすほどの特段の事情に該ると解することはできない。従って本件転勤命令が権利の濫用に該るという債権者の主張は失当であるといわざるを得ない。