全 情 報

ID番号 00611
事件名 地位保全仮処分申請事件
いわゆる事件名 クロイドン事件
争点
事案概要  経営危機を理由として整理解雇された従業員らが、地位保全、賃金仮払の仮処分を申請した事例。(申請一部認容、一部却下)
参照法条 民法536条2項,627条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 無効な解雇と賃金請求権
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の要件
裁判年月日 1975年9月17日
裁判所名 福島地
裁判形式 判決
事件番号 昭和49年 (ヨ) 41 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労法旬904号64頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔賃金―賃金請求権の発生―無効な解雇と賃金請求権〕
 労働者が労務提供する際には特段の定めのない限り通常の労働能力を有すればよいと解されるところ(民法四〇一条一項類推)、本件においては右特段の定めの存在を認めるに足る疎明はなく、一方弁論の全趣旨によれば債権者Xを除くその余の債権者らはいずれも通常の労働能力を有するものと一応認められる以上、債務者が右Xを除くその余の債権者らの労務提供の受領を拒否していることは何ら正当な理由が存しないことになる。
 従って、右Xを除くその余の債権者らはいずれも民法五三六条二項本文により債務者に対し本件各解雇日以降申請の理由三記載の各賃金額と同額の賃金を請求する権利を有する。
 (中 略)
 労働者がどの程度の労働能力を有するかは同人を就労させれば明確に判断できるものであるところ、右Xのように病気等により一度通常の労働能力を失ったものが病気回復等により或る程度の労働能力を回復するに至ったと認められる場合は、使用者は労働契約の当事者として当該労働者に就労の機会を与え、同人の労働能力を検討した上で同人の労働能力に応じた仕事を与える等出来るだけ労働者の就労の便宜をはかる信義則上の義務を負っているものと解するのが相当である。
 従って、本件解雇が前記のように無効であり、しかも右Xが昭和五〇年六月二五日以降は前記のように何らかの労働能力を有しかつ就労の意思を有していることが客観的に明瞭となった以上、同日以降も同人の労務提供の受領を拒否している債務者は、前記義務に違反していることとなり、右拒否は債務者の責に帰すべき事由によるものと認められる。
 従って、右Xは右同日以降は民法五三六条二項本文により債務者に対し賃金請求権を有していることとなるが、前記のようにその労働能力が不明である以上その賃金額が確定できないことになる。
 ところで、労働基準法二六条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合は使用者は休業期間中当該労働者に平均賃金の六〇パーセント以上の手当の支払を命じている。
 同条は、休業とはいえ使用者に責に帰すべき事由の存する労務提供の受領拒否につき当該労働者に右のような手当を保障している。
 一方、Xが立証責任を負担している自己の労働能力の疎明は前記のように就労することにより最も簡易、正確に行えるところ、債務者は昭和五〇年六月二五日以降はその責に帰すべき事由により右Xの就労を拒否することにより右疎明の機会を奪っているのである。
 従って、民事訴訟法三一六条、及び前記労働基準法二六条の法意に照らすと債権者Xは、右債務者の就労拒否により自己の労働能力の六割の限度で疎明したものと認めるのが相当である。
 〔解雇―整理解雇―整理解雇の要件〕
 解雇は、労働者に対し社会的経済的に極めて大きな影響を与えるものであり、しかも本件のようないわゆる整理解雇の場合は、労働者に特段の責められるべき事由がないのに使用者の都合により一方的になされるものであることを併せ考えると、整理解雇の有効性の判断は慎重になすべきことはいうまでもない。
 なお、整理解雇の右のような特質に照らし、使用者はその実施に当っては労働者、労働組合等に対し人員整理の必要性、解雇基準の合理性等につき事前に十分周知徹底させその納得が得られるようできる限りの努力を払うことが望ましいことはいうまでもない。
 本件に則して整理解雇の有効性を考察する場合、その判断基準としては少くとも次のようなものが考えられる。
 (1)販売高の減少、利益率の低下といった長期的な経営不振にともない生産縮少等の経営合理化を行わなければ企業が倒産するに至るなど回復し難い打撃を被ることが必定であり、これを回避する為に企業整理をする高度の必要性が現に存在すること。
 (2)経営者が右のような状況を打開すべく資金導入、新製品の開発、新規取引先の開拓、機械化等物的資源の活用につき最大限の経営努力を払ったこと。
 (3)経営者が安易に整理解雇によることなく、配置転換、一時帰休、労働時間の短縮、任意退職募集等の人的資源の有効な運用に努めたこと。
 (4)整理すべき余剰人員とは、単に特定の部門又は地域に限定して算出されたものではなく、企業全体について右(3)の努力を払ってもなお吸収しきれない人員を指すものであること。
 (5)解雇基準が合理性を有すること。
 以上検討したように、本件解雇は、前記整理解雇の検討基準をいずれの点においても満足させるものとはいえず、従って整理解雇としての正当性を有するものとはいえない。