全 情 報

ID番号 00663
事件名 雇傭関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 マルヤタクシー事件
争点
事案概要  前科、前歴の秘匿、学歴、職歴の詐称等を理由として解雇された原告がその無効を主張し、雇用契約上の権利を有することの確認と賃金の支払を求めた事例(認容)。
参照法条 民法627条
労働基準法89条1項3号
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 経歴詐称
解雇(民事) / 解雇の承認・失効
裁判年月日 1985年9月19日
裁判所名 仙台地
裁判形式 判決
事件番号 昭和55年 (ワ) 378 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働民例集36巻4・5合併号573頁/時報1169号34頁/タイムズ569号51頁/労働判例459号40頁/労経速報1244号14頁
審級関係
評釈論文 奥山明良・ジュリスト901号107~110頁1988年2月1日
判決理由 〔解雇-解雇事由-経歴詐称〕
 使用者が雇用契約を締結するにあたって相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、当然の要求ともいえ、遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客観的に見て影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担していると考えられ、したがって、使用者から右のような労働力を評価する資料を獲得するための手段として履歴書の提出を求められた労働者は、当然これに真実を記載すべき信義則上の義務を負うものであって、その履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある限り、同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないものというべきである(なお、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは一般に確定した有罪判決(いわゆる「前科」)を意味するから、使用者から格別の言及がない限り同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわゆる「前歴」)まで記載すべき事由はないと解される。)
 (中略)
 しかしながら、犯罪者の更生にとって労働の機会の確保が何をおいてもの課題であるのは今更いうまでもないところであって、既に刑の消滅した前科について使用者があれこれ詮策し、これを理由に労働の場の提供を拒絶するような取扱いを一般に是認するとすれば、それは更生を目指す労働者にとって過酷な桎梏となり、結果において、刑の消滅制度の実効性を著しく減殺させ同制度の指向する政策目標に沿わない事態を招来させることも明らかである。したがって、このような刑の消滅制度の存在を前提に、同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、職種あるいは雇用契約の内容等に照らすと、既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるを得ないといった特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり、使用者もこのような場合において、消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきである。
 (中略)
 これを本件についてみると、被告は、原告が本件雇用契約を締結するにあたり既に刑の消滅した前科及び前歴を履歴書に記載しなかったこと自体をもって解雇事由とするものであるが、被告の営業内容は前記のとおり一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)で、二度にわたる履歴書提出時における原告の労務内容もその一般運転乗務員というにすぎないものであるから、これら被告の業務及び原告の労務内容が原告に前記前科まで被告に告知すべきとの特段の事情を生ぜしめるとは到底いえないし、他に本件雇用契約において右特段の事情にあたる事実を認めさせるに足りる証拠もない。そうすると、本件において原告は、被告から提出を求められた履歴書の賞罰欄に自己の前科、前歴まで記載すべき信義則上の義務はなかったというべきであり、これらを記載しなかったこと自体をもって解雇事由とする被告の主張は結局採用しえないものである。
〔解雇-解雇の承認・失効〕
 ところで、解雇は使用者の一方的な意思表示によって効力を発生するものであるから、その承認なるものは本来法的な意味をもたないものと考えられるのであるが、労働者の当該解雇への対応が以後解雇の効力を争わない旨の意思表明と評価できるか、あるいは、当該解雇の意思表示に使用者からの合意解約の申出も含まれていると認められるような状況において使用者と労働者との間で雇用契約を合意解約したと評価できる場合には、解雇の承認があったものとして、当該解雇の本来の効力にかかわらず原則として雇用契約は消滅し、以後労働者は解雇の効力を争いえなくなるものと解するのが相当である。
 しかるところ、本件解雇後の原、被告間の交渉の内容は前記認定のとおりであって、原告は一貫して解雇の撤回とそのうえでの合意による本件雇用契約の解消を求めていたのに対し、被告は終始これを拒絶していたものであるから、原、被告間に前記解雇の承認というべき法的状態が形成されていたとみることができないことは明らかである。