全 情 報

ID番号 00768
事件名 就労義務履行仮処分申請事件
いわゆる事件名 門司信用金庫事件
争点
事案概要  懲戒解雇、普通解雇に付した従業員らの申請した地位保全仮処分が認容されたことを根拠として、会社が右従業員らの就労を命じる仮処分を申請した事例。(申請却下)
参照法条
体系項目 解雇(民事) / 解雇と争訟・付調停
裁判年月日 1972年2月15日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ヨ) 84 
裁判結果
出典 労働民例集23巻1号64頁/タイムズ276号251頁
審級関係
評釈論文 沖野威・昭47重判解説155頁/緒方節郎・労働判例百選<第三版>〔別冊ジュリスト45号〕330頁
判決理由  債権者債務者ら間の前記地位仮処分判決は、債務者らが債権者と雇傭契約上の地位を有することを仮に定めるとともに、債務者に対し、解雇がなかったならば支払われるべき賃金を債務者に仮に支払うべきことを命じたものである。
 しかるに、雇傭契約とは、被用者が使用者に労働力を提供し使用者がこれに対して賃金を支払うことによって成立する双務有償契約であるから、被用者は賃金債権を取得する前提として、自己の労働力を使用者に提供することが要件となっていることは明らかである。(民法六二三条、六二四条参照)。
 それ故、前記仮処分判決は、その主文において、債務者らに労働力を提供すべきことを命じていないとはいえ、被用者たる地位を定め、債権者に賃金支払いを命じる以上、右雇傭契約の本旨にしたがい、債務者らにおいて、債権者の就労要請に応じて労働力を提供すべきことが当然予定されているものというべく、右両者の義務を別個に取扱い、賃金支払義務のみを命じたものと解するのは妥当でない。ただ、使用者が解雇の有効性を主張している場合には、被用者から労働力が提供されたとしても、その受領を拒絶するのが通常の事例であるから、特に仮処分の内容としてこれを掲げないにすぎない。いずれにしても、被用者は、特別の事情のない限り就労義務を免除されるものでないから、使用者からの就労要請があれば、正当な理由のない以上拒否できず、あえてこれを拒否した場合には、賃金債権を取得しえないものといわなければならない。
 要するに、債権者は、前記地位保全処分判決によって、債務者らに対し、労働力を提供すべきことを請求できる地位を、本案訴訟確定に至るまで仮に設定されたものというべきである。そして、債権者の要請にもかかわらず債務者らが就労しないときは、右仮処分判決によって設定された雇傭契約にもとずく就労請求権の履行ないし確定を請求できるのである。
 もっとも、右の就労請求権は、その効力が、先になされた地位保全仮処分判決で予定されている債権者債務者ら間の雇傭契約上の地位確認訴訟の確定に至るまでという不確定な条件にかかるものであるが、右のような条件付権利といえども、訴の利益があることは、民事訴訟法制度の建前上明らかである。
 (中 略)
 以上のとおり、地位保全仮処分判決によって仮設定された雇傭契約にもとずく就労請求権とはいえども被保全権利の適格性を有するというべきである。
 (中 略)
 仮の地位を定める仮処分は、当事者間において権利関係についての紛争が解決されないために現在生じる生活関係上の危険を除去し、または解決をまっては回復できない損害の生じるを防止するために、その解決を見るまでの間暫定的な法律状態を仮に設定し、その事実的実現をはかることを目的とする制度であるから、右の仮処分命令を発するには、それにより債権者にとって右の緊急事態が救済される可能性のあることを要するというべきで、その可能性がないのに右の仮処分命令を発することは、本案訴訟の確定に至るまで債権者に生ずる緊急事態を救済するという仮の地位を定める仮処分制定の趣旨を逸脱するものであり、少なくとも保全の必要性との関連でその要件を充たさないものと解するのが相当である。それ故、就労請求権のように本来強制執行にしたしまない権利については、債務者らが仮処分命令を任意に履行する可能性があれば格別、それを期待しえない場合には、他に強制執行の方法もなく、たとえ仮処分命令を発したとしても、本案訴訟の確定までの間、債権者の緊急事態を救済するというこの種仮処分制度の目的を達しえないことが明らかであるから、その申請は保全の必要性を欠くものというべきである。