全 情 報

ID番号 00947
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 シェル石油事件
争点
事案概要  ストライキ及び組合活動による不就労を理由とした賃金控除につき、住宅手当及び家族手当を右控除の対象としたことは、労働基準法二四条一項に違反し無効であり、又組合が同意していないとして、右手当を対象とした控除額の支払を求めた事例。
参照法条 労働基準法24条1項,37条2項
体系項目 賃金(民事) / 賃金の範囲
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 争議行為・組合活動と賃金請求権
裁判年月日 1979年10月12日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和51年 (ワ) 5375 
昭和53年 (ワ) 8938 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報958号113頁/労働判例329号22頁/労経速報1029号3頁
審級関係 控訴審/01036/東京高/昭56. 5.26/昭和54年(ネ)2512号
評釈論文 下井隆史・判例評論261号48頁/西村健一郎・労働判例337号4頁/島田信義・季刊労働法115号188頁
判決理由  〔賃金―賃金の範囲〕
 賃金を交換的・生活保障的部分の二つの性格をもつものに分類することは不都合でないし、労働基準法が時間外等の労働に対する割増賃金の算定にあたって家族手当・通勤手当等をその計算の基礎から除外しているのは(同法第三七条、同法施行規則第二一条)、こうした一面を肯定しているからであると解される。しかしながら、右規定の趣旨は、住宅手当・通勤手当等の生活保障的賃金は、労働基準法上時間外等の労働に対する割増賃金の基礎となる賃金に算入することを罰則をもって強制されないというにとどまり、実際にこれらを右割増賃金に算入することも可能であり、これらの点はもっぱら労働契約の定めに委ねられているというべきである。従って、被告ら会社の給与規則上住宅手当・家族手当が退職金、一時金あるいは時間外労働の割増賃金の計算基礎金額に算入されていないとしても、かかる事実をもってストライキによる不就業控除に関する規定を無効とする理由とはならない。
 〔賃金―賃金請求権の発生―争議行為・組合活動と賃金請求権〕
 従業員は、労働契約により従業員としての一般的な地位を取得すると共に所定の労働力を使用者の下に提供して就労することを義務づけられ、これに対し使用者は「労働の対償」としての賃金を支払うこととなる。そして、現実に支払われている賃金をみてみると、日々の労働の提供に対応して交換的に支払われる部分(以下、交換的部分の賃金という)と生活保障的に従業員の地位に対して支払われる部分(以下、生活保障的部分の賃金という)とに大分され、ストライキによって控除し得る賃金は、労働協約等に別段の定めがある場合のほかは、拘束された勤務時間に応じて支払われる交換的部分の賃金としての性格を有するものに限られると解されることは、つとに指摘されるところである。
 ところで、賃金に関する事項、すなわち具体的な賃金の額、賃金体系、賃金の査定又は計算および支払の方法、支払の締結および時期、その他支払条件等に関しては、それが強行法規あるいは公序良俗に反しない限り基本的には労働協約、就業規則あるいは慣行等によって規律される労働契約の定めに委ねられる。従って、従業員は、それが交換的部分の賃金であると生活保障的部分の賃金であるとを問わず、労働契約の定めるところに従って発生する賃金債権に基づいて所定の賃金の支払を受け得るのであって、従業員が、契約の本旨に従った労働の提供をしなかった場合、現実に就業しなかった時間あるいは期間等に対応する賃金請求権が発生しないとする旨労働契約に定めがあるときは、それに従うこともまた当然である。しかしながら、生活保障的部分の賃金については、その賃金の性質上、争議行為等を理由とする不就業の場合賃金を控除し得る等の別段の定めがない以上賃金控除が出来ないというにとどまるのであって、賃金が生活保障的部分の賃金に該当するからといってそれが直ちに具体的な賃金債権の発生要件をも覊束するものではない。
 (中 略)
 住宅手当は、昭和三三年に設定され、本給と共に基準賃金の一つとしての賃金体系が定められた。その後、昭和四一年九月従業員が争議行為により就業しなかった場合賃金が控除され得る旨給与規則が改正されたが、右改正にあたっては、A労組らから格別の反対意見も提示されることもなかった。そして、被告ら会社は、現実に右給与規定の定めるところに従って昭和四五年以降実施されたストライキによる不就業に対しては、所定の賃金控除を行ったが、昭和五一年五月一八日付「要求書」による要求が出されるまで右賃金控除が問議されることもなかった。
 このような事情に照らすと、住宅手当の設定および争議行為による不就業の場合の賃金控除に関する給与規則の右定めはすでに労働契約の一内容として原告らをも拘束していると解すべきである。
 (中 略)
 A労組は、給与規則改正後、家族手当の設定および基準賃金への組入れについて格別の反対を表明していないのみならず、その後昭和四八年から同五〇年までの間実施されたストライキに対しては不就業賃金控除が行われたが、これについても昭和五一年五月一八日付「要求書」の提示に至るまでA労組と被告ら会社との間で団体交渉等の議題となったこともない。又、労働協約締結交渉の過程においても、昭和四八年にはストライキによる不就業に対し賃金を支給しないことで双方の意見が合致しているのであり、この場合、原告らが主張するように右賃金の具体的内容について協議がなかったことが認められるが、現行の賃金体系を改正すべきであるとの協議がなされる等特別の事情のない限り、現行の賃金体系が当然のことと認識されて労働協約締結交渉がなされたと認めるのが相当である。
 そうであるとすれば、原告らは、給与規則の改正により家族手当を基準賃金として設定することを受け入れたと認めるのが相当であり、(又、後記認定のように右給与規則の改正を左右する事由も認め難い)、従ってそのような労働契約条項が成立したと解して妨げないと考える。そして、同時に争議による不就業控除についても当然労働契約の一内容としての拘束力を有していると認められる。
 〔賃金―賃金請求権の発生―争議行為・組合活動と賃金請求権〕
 被告ら会社は、従来から本給に職務・職能給的要素と年令的生活保障的要素の二つの性格を包摂せしめていたが、その後の社会的・経済的情勢の変化から住宅事情、家族構成等の労働以外の事情によって本給にくい込む出費を余儀なくされ、ひいては本給が実質的に労働の対価に見合ったものでなくなったため、住宅手当・家族手当が設けられたものである。とすれば、住宅手当・家族手当の設定は、いわば本給をして労働の対価に見合ったものとする作用を営ましめるもの、すなわち本給の実質的な低減を補完するものとして設けられたと認められる。従って、被告ら会社における住宅手当・家族手当は、本給を補完し相互に相俟って従業員の所定の労働に対する対価となるのであって、交換的部分の賃金としての性格を有することも否定し得ないところである。それ故、住宅手当・家族手当は、本給に比して生活保障的部分の賃金としての色彩が濃いとしても、これを本給と共に基準賃金の一つとすることは、被告ら会社の賃金体系に照らして考えてみても何ら不都合でないと認められるし、その他就業規則・給与規則等の諸規定の調和を害しない範囲での改正と解される。
 とすれば、家族手当を本給・住宅手当と共に基本賃金の一つとして支給する旨給与規則を改正し、あわせて争議・組合活動等による不就業控除の対象と規定したことは合理的な根拠があり、又新規定の内容も合理的なものと認められ、その他従業員の既得の利益を奪ったと評することも出来ないから、原告らの同意がなくても、原告らに対しその効力を及ぼすものといわなければならない。