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ID番号 00987
事件名 賃金支払請求事件
いわゆる事件名 水道機工事件
争点
事案概要  争議行為として出張・外勤に関する業務命令を拒否し、出張または外勤すべき時間に書類の作成、器具の研究等の内勤に従事した労働者の当該時間に対応する賃金を翌月分の賃金から控除した会社に対して、控除分の賃金の支払が求められた事例。(請求一部認容、一部棄却)
参照法条 労働基準法24条1項
民法413条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 争議行為・組合活動と賃金請求権
賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 過払賃金の調整
裁判年月日 1978年10月30日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ワ) 3720 
裁判結果 一部認容 一部棄却
出典 労働民例集29巻5・6合併号682頁/時報918号119頁/タイムズ377号136頁/労経速報998号3頁/労働判例308号73頁
審級関係
評釈論文 下井隆史・労働判例313号16頁/外尾健一・昭和53年度重要判例解説〔ジュリスト693号〕245頁/菅野和夫ほか・季刊労働法112号148頁/盛誠吾・日本労働法学会誌54号111頁
判決理由  〔賃金―賃金請求権の発生―争議行為・組合活動と賃金請求権〕
 しかしながら、使用者は、労働契約を締結することによって労働者に対する労務指揮権を取得し、労働者は労働契約の趣旨内容に反しないかぎり使用者の指揮命令に従って労務を提供すべき義務を負うことになるから、労務の提供は使用者の明示または黙示の指揮命令に従ったものでなければならず、これに反する労務を提供しても、債務の本旨に従った労務の提供とはいえない。
 本件業務命令が文書により期間を指定してなされたことは当事者間に争いがないので、原告X1を除く原告らの前記内勤は、被告の明確な指揮命令に反するものであったといわなければならない。よって、本件業務命令が有効である限り、右原告らが前記内勤業務に従事したことをもって正当な労務の提供をしたものとは認め難い。
 (中 略)
 1 原告らは、本件出張・外勤拒否は組合の争議行為として行われたものであり、本件業務命令は労働者の争議権を否認することになるから、憲法第二八条、労働組合法の各規定からみて無効であると主張する。
 本件出張・外勤拒否が組合の争議行為として行われたことは当事者間に争いがないが、《証拠略》によれば、組合は、昭和四八年一月三〇日、被告に対し同年二月一日以降外勤・出張拒否闘争および電話応待拒否闘争に入る旨通告したこと、右闘争は一定期間労務の提供を全面的に拒否するのではなく、組合員が通常行う業務のうち右の種類の業務についてのみ労務の提供を拒否するものであったこと、右通告に基づいて本件出張・外勤拒否が行われたことが認められる。右事実と前記二2の事実とを併せて考えると、右通告は、実質的には出張・外勤拒否闘争の予告と解せられ、本件業務命令は争議行為中になされたものではないし、原告らの出張・外勤の義務は本件業務命令によって発生するのであって、本件業務命令があって初めて争議行為に入ることが可能になるのであるから、本件業務命令は組合の争議行為を否定するような性質のものでもない。
 従って、この点について原告らの主張は、理由がない。
 (中 略)
 5 原告X1が昭和四八年二月一四日につき有給休暇の手続をとり被告がこれを承認していることは当事者間に争いがない。被告は同原告が争議の一方法として欠勤したため賃金カットをした旨主張し、《証拠略》を総合すると、同原告は右同日の出張業務を拒否するために有給休暇をとったことが認められるが、被告は有給休暇を承認することにより右の義務を解除したものということができるから、右休暇が出張業務を拒否する目的のものであったとしても、同原告に労務不提供の責を問うことはできず、同原告の再抗弁は理由がある。
 四 以上の次第で、原告X1を除く原告らは本件業務命令の対象時間その労務を提供しなかったものであり、従って被告は原告らに対し右労務不提供にかかる時間に対する賃金につき、その支払義務を有しないことになる。そして被告が右原告らに対し昭和四八年二月分の賃金を支給する際右賃金を差引かずに同月分の賃金を支給したことは前記のとおり当事者間に争いがない。してみると、右原告らが受領した同月分の賃金中、本件業務命令の時間に対応する賃金は原告らが法律上の原因なくして利得したことにより、これを被告に返還すべきものである。
 〔賃金―賃金の支払い原則―過払賃金の調整〕
 労働基準法第二四条第一項によれば、賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないとされている。そして右条項は労働者の生活保障のための規定であるから、前記法文に徴すると賃金カットは原則としては許されないが、賃金の過払は支払事務の関係から往々にして避け得られないところであるから、使用者が後に支払う賃金から過払分を一方的に差引くことを認める必要はこれを否定し得ないところである。そして右賃金カットは過払金返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金債権を受働債権としてする賃金相互間の調整的相殺であるから、右相殺は(イ)給与の清算、調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、(ロ)あらかじめ労働者にそのことが予告されているとか、相殺額が多額にわたらない等労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれがない場合(その額については民事訴訟法第六一八条第二項の制限に服すべきである。)には労働基準法第二四条第一項の規定に違反しないものと解すべきである。
 しかして、本件賃金カットは過払のなされた翌月である昭和四八年三月二三日になされたことは前記のとおりであるから、賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期になされたものであり、またカット額も後記のとおり原告X2および同X3に対する分を除き原告らの経済生活の安定をおびやかすものとは解されないから正当というべきである(ただし、原告X4に対するカット額は一九、七四〇円であるため、前記過払賃金額一九、七一〇円を三〇円超過していることとなる。)。
 (中 略)
 七 原告X2および同X3は、本件賃金カットによる控除額が民事訴訟法第六一八条第二項に定める限度を超える旨主張する。
 労働基準法第二四条第一項の法意が前記のとおり労働者の生活保障のためであるとすると、前記条件の下に賃金カットが許されるとしてもその額は前記のごとく民事訴訟法第六一八条第二項に定めるところ、すなわち賃金の四分の一以下に限るのを相当とする。しかるところ、原告X2に対する昭和四八年三月分の賃金が金九八、九一〇円、カット額が金三〇、八〇〇円であること、原告X3に対する同月分の賃金が金六二、五一〇円、カット額が金一八、七〇四円であることは前記のとおりであるから、原告X2につきその賃金の四分の一を超えるカット分金六、〇七三円、原告X3につき同じく金三、〇七七円はいずれもカットすることが許されないものといわなければならない。