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ID番号 01158
事件名 配当異議控訴事件
いわゆる事件名 幸福相互銀行事件
争点
事案概要  船舶先取特権の対象となる船員の範囲、およびその雇用契約上の債権の範囲が争われた事例。
参照法条 労働基準法24条
商法842条,847条
体系項目 賃金(民事) / 賃金の範囲
裁判年月日 1977年7月7日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ネ) 204 
昭和50年 (ネ) 214 
昭和50年 (ネ) 219 
裁判結果 一部認容(確定)
出典 下級民集28巻5~8合併号775頁/時報875号106頁/タイムズ364号225頁
審級関係 一審/熊本地八代支/昭50. 3.25/昭和47年(ワ)49号
評釈論文 谷川久・ジュリスト725号139頁
判決理由  1 「雇傭契約」及び「船長其他ノ船員」の意義
 商法第八四二条第七号は、雇傭契約によって生じた船長その他の船員の債権について、特定船舶に対して船舶抵当権にも優先する優先弁済権を公示方法を求めずに認めているが、これは船舶に乗り組んだ船長その他の船員の労務により当該船舶が航海中保全されるが故に、また、危険な船舶の航海上の労務に服することによってのみ生計を維持している船長その他の船員及びその家族の保護を図ろうとする社会政策的見地に基づいて認められたものである。
したがって、「船長其他ノ船員」とは、船舶所有者若しくは船舶貸借人の被用者として、当該船舶に乗り組み、継続して船舶の航海上の労務に服する者、すなわち、船員法上の船長及び船員を指すものというべきであり、その要員として雇傭されてはいても当該船舶に乗り組まない船員法上の予備船員を含まないものと解すべきであって、「雇傭契約」とは船員法にいう「雇入契約」を指すものと解するのが相当である。
(中 略)
 そして、右債権の範囲を考えるには、何よりも今日における海員雇傭の形態を考えなければならないところ、成立に争いのない乙第一二号証(海員名簿)、原審証人Aの証言により成立の認められる乙第四号証(昭和四六年度労働協約)、原審証人A、B、当審証人C、Dの各証言に弁論の全趣旨を総合すると、全日本海員組合(これがわが国の海運業界の船員のほとんどを擁する職業別労働組合であることは公知の事実である。)と船主団体の間の労働協約が示すとおり、今日においては、もはや本条制定当初の一航海雇傭制度は著しく減少し、他の陸上労働者と同様永続的に船舶所有者に雇傭され、その命令によって乗船、下船、転船するのが常態であり、雇入契約というも単に乗船契約に過ぎないものとなっていること、船員法により一定期間の乗組勤務が継続した後は、乗組中と同様の給料、手当を付した相当日数の有給休暇を付与すべきことが命ぜられているところ、右休暇は、雇止のうえ(予備船員としたうえ)付与されており、しかも雇止手当の支給ではなく休暇員としての賃金が支給されていること、船員法及び労働協約には、雇入契約期間でなく、雇傭契約期間(入社在籍期間)を算出の基礎とする各種手当や退職金などの「給料」以外の報酬が規定されていることが認められるのである。
 右認定の事実によれば、ここに定められた休暇中の給料や給料以外の報酬もまた、船員の乗組労働(雇入契約の履行)の対価であることは明らかであって、先取特権による保護を受けうるものというべきである。したがって、右雇傭形態のもとにおいては、本条の債権を雇入契約に定める「給料」に限るとするのは相当でなく、乗組労働(雇入契約)と対価関係を有する限度において、広く雇傭契約上の債権をも含むと解するのが相当である。換言すれば、一定期間の雇傭(入社在籍)を基礎に算出支給される給料並びに各種手当及び退職金などの給料以外の報酬については、その対象在籍期間に対する当該船舶への乗組期間の割合に応じた限度で、雇入契約により生ずる債権として先取特権の保護をうけるべきものである。
 そして、この乗組期間には、船員法が有給休暇及び傷病休暇の付与を命じていることに照らし、現実の乗船期間(雇入から雇止まで)だけでなく、これに付与されるべき休暇日数をも含むものと解するのが相当である。
 五 商法第八四七条第一項の法意
 商法第八四七条第一項は、船舶について航海ごとに数多く生ずる先取特権の累積を避けて船舶の売買、抵当権の設定に支障がないようにしたものであるが、反面、その債権発生原因が一年内のもののみが、現在の船舶を保全するのに寄与したものとして保護するに値するとみなしたものと解することができる。
 そして、右立法趣旨に照らせば、先に述べた給料等債権算出の基礎となる乗組期間は、過去一年内に雇止となった乗組に限るのが相当である。このように解しないと債権の累積が膨大なものとなり、右第八四七条第一項の意図を全く没却することになろう。例えば、退職金債権発生時から一年間右債権について先取特権を行使しうるものとすると、はるか以前に当該船舶に乗り組んだ者であっても、過去一年内に退職すれば、当該船舶に先取特権を主張して優先弁済を受けることができることとなる。かくては、船舶を譲り受けた者は、旧船舶所有者に雇傭されていた者に限らず、かつてその船舶に乗り組んだすべての船員(大規模な船で船員の転船が多ければ、旧船舶所有者に雇傭されていた者だけでも相当の人数となろう。譲渡、貸借が重なると膨大な数となる。)から追及を受けることとなり、それらの者と雇主との雇傭関係の消長に常に脅かされることとなる(除斥方法たる公告をしたとしても、現に雇傭中の者については効果に疑問があるばかりか、申出があれば同じことである。)。右の不都合は、一旦海運界が不況に陥り、一時に退職者が数多く出た場合を考えると一層明らかである。また、船舶に抵当権設定を得ようとする者についても同様であり、除斥方法もなく、かつ、将来においても累積するだけに一層不当な結果を招くことになるのである。