全 情 報

ID番号 01229
事件名 従業員地位確認等請求事件
いわゆる事件名 日立製作所事件
争点
事案概要  すでに出勤停止三回、譴責一回の懲戒処分を受けていたのにもかかわらず、三六協定に基づいて使用者が出した残業命令を拒否し、かつ残業拒否に対する始末書の提出命令にも真摯に従わず、反省の態度を示さなかったとして、懲戒解雇に処せられた労働者が、雇用契約上の地位の確認を求めた事例。(請求認容)
参照法条 労働基準法32条,36条,89条1項9号
体系項目 労働時間(民事) / 時間外・休日労働 / 時間外・休日労働の義務
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 始末書不提出
裁判年月日 1978年5月22日
裁判所名 東京地八王子支
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ワ) 200 
裁判結果 (控訴)
出典 時報906号93頁/労働判例301号45頁/労経速報992号9頁
審級関係 控訴審/01239/東京高/昭61. 3.27/昭和53年(ネ)1384号
評釈論文 砂山克彦・季刊労働法109号140頁/和田肇・ジュリスト695号125頁
判決理由  〔労働時間―時間外・休日労働―時間外・休日労働の義務〕
 原告は、労働協約もしくは就業規則において時間外労働義務に関する規定がおかれ、さらにいわゆる三六協定が結ばれていても、個々の労働者が具体的に時間外労働について同意しない限り時間外労働の義務を生ずることはないものと主張する。確かに原告主張のように、いわゆる三六協定の締結に免罰的効力のみを認め、労働者の個別的な同意がない限り私法的効力を認めない見解もないではないが、当裁判所は、労働基準法第三六条所定の要件のもとに適法な時間外労働に関する協定が締結され、さらに就業規則、労働協約などにおいて個々の従業員が時間外労働義務を負担する旨を明示する規定が設けられ、これが労働契約の内容を律していると認められる場合には、個々の労働者は所定の条件のもとに原則として時間外労働に従事すべき雇傭契約上の義務を負うものと解するので、いわゆる個別的同意説に基づく原告の主張はこれを採用することができない。しかし、労働基準法は、長時間労働が常態化すると、労働者の健康が害され、ひいては公共の利益に反する結果を招くとの立場から、八時間労働を基本原則と定め、これに対する例外を厳しく制限しているものであることは、その立法趣旨に照らし明らかである。従って、時間外労働が常態化して八時間労働の基本原則が事実上崩壊することを防止するために、八時間労働に対する例外を認めた同法第三六条の要件については、これを厳格に解釈する必要があるといわなければならない。右の見地からすれば、いわゆる三六協定で定める時間外労働の内容が一般的・抽象的であって、時間外労働をさせる必要のある具体的事由、労働に従事すべき時間、労働者の範囲、労働の内容等が明確ではなく、あるいは残業の具体的必要性が未だ発生していないのに、将来予想される事態を概括的網羅的に定め、協定の内容から労働者がいかなる場合にいかなる残業をなすべきであるのか、具体的に予測することが困難であって、結局残業の必要性の有無あるいは残業の内容が使用者の判断に委ねられているような場合には労働基準法の趣旨に照らし、たとえ形式的には適法な三六協定が締結されていても個々の労働者に時間外労働に従事すべき雇傭契約上の義務を生じさせる効力はないものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、前記のとおり被告会社武蔵工場には、業務上の都合によりやむを得ない場合には組合との協定により一日八時間、一週四八時間の実働時間を延長することがある旨の就業規則が存在し、かつ組合と三六協定が締結されていたことは当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、協定は、被告会社とA労働組合総連合との間で昭和四一年一〇月三一日締結された労働協約にもとづき被告会社武蔵工場と組合との間で昭和四二年一月二一日締結されたものであって、有効期間を同年九月三〇日までとし、時間外労働に関する条項の内容は「会社は(1)納期に完納しないと重大な支障を起こすおそれのある場合、(2)賃金締切の切迫による賃金計算または棚卸し、検収、支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、(3)配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合、(4)設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、(5)生産目標達成のため必要ある場合、(6)業務の内容によりやむを得ない場合、(7)その他前各号に準ずる理由のある場合、実働時間を延長することがある。この場合延長時間は月四〇時間を超えないものとする。但し緊急やむを得ない場合はさらに当月一ケ月分の超過予定時間を一括して予め協定する」というものであることが認められる。右協定において、時間外労働を必要とする事由及び延長すべき時間が一応示されているとはいうものの相当広範囲な事項にわたるばかりでなく、(5)ないし(7)の項目は抽象的、概括的であって、時間外労働を必要とする具体的事由を明確にしたものとはいい難く、従って労働の内容も特定されず結局右項目は、協定成立時には未だ具体的に発生していないが、将来被告会社にとって時間外労働を必要とする事由が生じた場合、その事由に応じて、その都度個々の労働者に、残業の内容を指定して時間外労働を命ずる権限を被告会社に包括的に委ねたものと解さざるを得ない。そして右のように時間外労働に関して会社に包括的な権限を与えた協定のもとで、会社が自由に時間外労働の命令を出すことができるとすると、労働者にとって予測することのできない時間外労働義務を課せられ、あるいは時間外労働が常態化するおそれがあるというべきであるので、このような協定に基づいて会社が時間外労働の命令を出しても直ちに労働者に時間外労働の義務が生じるものと解することはできないといわざるを得ない。ところで本件弁論の全趣旨によるも、B主任の原告に対する本件残業命令が前記協定のどの項目にもとづいてなされたものであるのか必ずしも明らかではないが、少くとも右(1)ないし(4)の項目のいずれかに該当するものと認めることはできないし、また(5)ないし(7)の項目のうちのいずれかの事由に該当するとしても、前記の理由により原告に時間外労働義務が生じたものと解することができないのみならず、原告のなした選別後歩留の算定が誤りであったとしても残業をしてまでその日のうちに算定のやり直しをしなければならない程の緊急の必要性があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、B主任の原告に対する本件残業命令は適法なものといい難く、原告に残業義務が生じたものと解することができないから、原告が右残業命令を拒否したことをもって、就業規則第五一条第一項第六号の「故なく業務に関する上長の指示に従わなかったとき」に該当するものとはなし得ないというべきである。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―始末書不提出〕
 (三) そこで、進んで始末書の問題(前記二の(五))について検討するに、被告会社は九月一九日の出勤停止処分後、原告に対し、残業拒否についての始末書の提出を求め、反省を促したところ、原告は残業に協力し誠意をもって仕事するよう努力する態度を示しはしたが、必ずしも残業命令に従う義務はないとの従来の考え方を変えず、原告のなした残業拒否が就業規則に違反するものとは考えないという態度をとり続けたため、被告会社は原告に反省の態度が認められないとして懲戒解雇に処したものであることは前記のとおりである。ところで原告の残業拒否が雇傭契約の業務違反にならず、就業規則第五一条第一項第六号に該当しないと解される以上、原告が右残業拒否についての反省を拒み、被告会社の意向に副う始末書を提出しなかったからといって、これをもって同規則第五一条第一項第一二号にいう「しばしば懲戒、訓戒を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込のないとき」に該当すると断定することはできず、また右残業拒否及び始末書の問題を除外して、それ以前に既に懲戒処分を受けた事由(前記二の(一)ないし(三))のみをもって同条項に該当するものとして本件懲戒解雇処分を是認することも許されないものというべきである。そうすると、被告会社が就業規則第五一条第一項第一二号に基づいてなした本件懲戒解雇は、右条項の解釈適用を誤ったもので、無効というべきであるから、原告のその余の主張につき判断するまでもなく、原告は被告会社に対し雇傭契約上の地位を有するものといわなければならない。