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ID番号 01265
事件名 割増賃金及び附加金請求事件
いわゆる事件名 静岡銀行事件
争点
事案概要  支店長代理として「管理監督の地位にある者」であるとして、時間外手当の支給対象からはずされてきた銀行員が、給与規定の改正による支店長代理への時間外手当の支給拡大を契機として、過去の時間外手当の遡及支払いと手当と同額の附加金の支払いを銀行に求めた事例。(請求認容)
参照法条 労働基準法32条,37条,41条2号,114条
体系項目 労働時間(民事) / 法内残業 / 割増手当
労働時間(民事) / 労働時間・休憩・休日の適用除外 / 管理監督者
雑則(民事) / 附加金
裁判年月日 1978年3月28日
裁判所名 静岡地
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ワ) 234 
昭和50年 (ワ) 308 
裁判結果 認容
出典 労働民例集29巻3号273頁/時報901号112頁/労経速報977号3頁/労働判例297号39頁
審級関係
評釈論文 慶谷淑夫・法律のひろば32巻2号25頁/渡辺章・昭和53年度重要判例解説〔ジュリスト693号〕236頁/萩沢清彦・ジュリスト694号130頁
判決理由 〔労働時間―法内残業―割増手当〕
 3 このように、原告は、昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当の支払いを請求できるのであるが、その金額の計算の基礎となる時間外勤務時間は、平日午後五時(実働七時間一五分)土曜日午後二時三〇分(実働五時間)を越えるもの全てと解すべきか(原告の主張)、それとも一日実働八時間を越えるもののみと解すべきか(被告の主張)が、次に問題となる。思うに、労基法第三七条は、一日実働八時間を越える労働に対し割増賃金の支払を命じているに過ぎないので、労働協約・就業規則等で一日実働八時間に達しない労働時間を定めている場合には、所定労働時間を越え実働八時間以内の労働(法内時間外労働)については、労基法第三七条の規定の適用はないものと言うべきであろう。けれども、法内時間外労働については、労働協約・就業規則等に別段の規定が定められている場合には、その規定するところの賃金額の支給を請求できるのであって、そのような別段の定めがない場合には、通常の労働時間の賃金(基準賃金)額の支給を請求できるものと解するのが相当である。
 4 これを本件についてみるに、被告と組合との昭和三二年五月一四日付労働協約では、支店長代理に対する時間外手当を同日限りで廃止すると規定し(乙第六号証)、被告の就業規則第三四条・第三六条第一項・第四七条及び旧給与規定第四〇条第一号第三号は、平日午前八時四五分から午後五時(実働七時間一五分)土曜日午前八時四五分から午後二時三〇分(実働五時間)の就業時間以外に勤務をした場合には、基準賃金の二割五分増(但し土曜日の実働七時間三〇分以内の時間外勤務に対しては基準賃金)の時間外手当を支給するが、監督職以上の者については、右時間外手当を支給しない旨規定し(乙第一号証・同第四号証)、被告の就業規則第四条は、調査役補(原告)は監督職以上の者に格付けする旨規定している(乙第一号証)。けれども、原告は、労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらないのであるから、支店長代理対する時間外手当を廃止する旨の昭和三二年五月一四日付労働協約、及び監督職以上の者には時間外手当を支給しない旨の旧給与規定第四〇条第三号の規定は、原告に対する関係では労基法第三七条に違反する無効な規定となり、従って、原告は、時間外手当については一般行員と同一の労働契約上の地位に立ち、旧給与規定第四〇条第一号の基準によって時間外手当の支払いを請求できるものと言うべきである。
〔労働時間―労働時間・休憩・休日の適用除外―管理監督者〕
 1 被告は、原告(支店長代理)が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たり労基法第三七条の規定の適用がないので、原告が昭和四九年五月分以前の時間外手当を請求することはできない旨主張する。思うに、労基法は労働時間・休憩・休日に関する労働条件の最低基準を規定しているが(同法第三二条ないし第三九条参照)、このような規制の枠を超えて活動することが要請されている職務と責任を有する「管理監督の地位にある者」については、企業経営上の必要との調整を図るために、労働時間・休憩・休日に関する労基法の規定の適用が除外されるのであり(同法第四一条第二号)、このような同法の立法趣旨に鑑みれば、同法第四一条第二号の管理監督者とは、経営方針の決定に参画し或いは労務管理上の指揮権限を有する等、その実態からみて経営者と一体的な立場にあり、出勤退勤について厳格な規制を受けず、自己の勤務時間について自由裁量権を有する者と解するのが相当である。
 2 これを本件についてみるに、《証拠略》によれば、原告は、昭和四六年一一月融資管理部調査役補(支店長代理相当)に昇格し、その後昭和四七年に管理部、昭和四八年に消費金融部(後に個人融資部と名称が変更)の各調査役補(支店長代理相当)に転勤して現在に至るまで、ほぼ一貫して本部で担保管理の仕事に携っていること、原告は、調査役補(支店長代理相当)に昇格した昭和四六年一一月以降も、毎朝出勤すると出勤簿に押印し(乙第一号証の就業規則第二九条参照)、三〇分超過の遅刻・早退三回で欠勤一日、三〇分以内の遅刻・早退五回で一日の欠勤扱いを受け(同規則第四五条参照)、欠勤遅刻・早退をするには、事前或いは事後に書面をもって上司(原告の場合は調査役)に届出なければならず(同規則第四一条参照)、正当な事由のない遅刻・早退については、人事考課に反映され場合によっては懲戒処分の対象ともされる等、通常の就業時間に拘束されて出退勤の自由がなく、自らの労働時間を自分の意のままに行いうる状態など全く存しないこと、原告は、昭和四六年一一月以降現在に至るまで、部下の人事及びその考課の仕事には関与しておらず(例外的に昭和四七年一月に一度部下の人事考課に関与したのみ)、銀行の機密事項に関与した機会は一度もなく、担保管理業務の具体的な内容について上司(部長・調査役・次長)の手足となって部下を指導・育成してきたに過ぎず、経営者と一体となって銀行経営を左右するような仕事には全く携わっていないこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、原告は、昭和四六年一一月以降現在に至るまで、出退勤について厳格な規制を受け、自己の勤務時間について自由裁量権を全く有せず、経営者と一体的な立場にある者とは到底解せられないので、原告が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらないことは明らかである。
〔雑則―附加金〕
 1 原告は、被告が労基法第三七条の規定に違反して時間外手当を支払わなかったとして、同法第一一四条に基づき被告に対して附加金の支払いを求めるところ、裁判所が同法条に基づき附加金の支払いを命ずるためには、使用者に労基法違反行為があればそれで足り、それ以外に故意・過失等の特別の帰責事由の存することを要件とするものではないが、ただその違反について違法性を阻却する事由がある場合や、右違反に対し制裁を課すべきではないと認めるに足りる特段の事由がある場合には、裁判所は附加金の支払いを命ずべきではないと解するのが相当である。
 2 これを本件についてみるに、被告は、昭和三二年五月一四日組合との間で労働協約を締結して、支店長代理の時間外手当を同日限りで廃止し、以後昭和四九年六月に至るまで数回にわたって、支店長代理の役席手当を増額改訂する方法より処遇してきたこと(前記二の1の(三)(四))、昭和四八年六月頃までは多くの銀行が支店長代理に対して時間外手当を支給していなかったこと(前記二の1の(一)・同2の(二))、原告は、昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当、合計一三万四五三九円の支払いを被告に対して請求できるのであるが(前記四の6)、このうち労基法第三七条が規定している一日実働八時間を越える勤務に対する時間外手当相当分は、僅か四万九一六八円に過ぎないところ(別紙時間外手当計算書(2)参照)(右の点は弁論の全趣旨により認められる)、被告は、昭和五〇年七月二九日付通知書により原告に対して、原告が本件賃金請求事件の訴えを取下げた場合には、組合との間で妥結した遡及支払基準による時間外手当一三万七三五〇円を支払う旨申入れていること(前記二の4の(一))、以上の事実に徴すれば、被告が原告の昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの一日実働八時間を越える勤務に対する時間外手当合計四万九一六八円を支払わず、労基法第三七条に違反していることが、道義的批難に値する行為であるとまでは言えず、被告の立場もある程度理解できない訳ではない。
 3 しかしながら、労働基準局或いは同監督署が、昭和二八年以降散発的にではあるが個々の金融機関に対して、支店長代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらず、支店長代理に時間外手当を支給しないのは労基法第三七条違反である旨の是正勧告を出し、昭和四八年六月以降は相次いで全国多数の地方銀行及び相互銀行に対して、同旨の是正勧告を出していること(前記二の2の(一)(二))、静岡労働基準局或いは同監督署が、昭和五〇年四月二二日付・同年五月八日付・同年七月四日付各書面で、被告の次長・代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当らないので、次長・代理の一日八時間を越える時間外労働について割増賃金を支払わないのは労基法第三七条違反であり、二年間遡及して支払うよう被告に勧告し、更に同月八日には被告のY副頭取を呼出して、重ねて口頭により同趣旨の勧告を行っているにも拘わらず、被告は、今日に至るまで支店長代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たると主張して、原告の昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの一日実働八時間を超える勤務について、時間外手当合計四万九一六八円を支払っていないこと(前記二の3の(二)(三)・同4の(一)(三))、原告は、労基法第三七条に基づき一日実働八時間を超える勤務について時間外手当を請求できる外、更に旧給与規定第四〇条第一号の規定に基づき、平日実働七時間一五分を越え八時間までの四五分間・土曜日実働五時間を越え八時間までの三時間の勤務についても、被告に対して時間外手当の支給を請求できるのであるが(前記四の6)、被告は、昭和五〇年七月二九日付通知書により原告に対して時間外手当の遡及支払を申入れた際、労基法上は原告に対して時間外手当を支給する必要はないのであるが、役席者の処遇引上げの一環として支給するもので、その支給対象は一日実働八時間を越える勤務に対するものである旨明示しているので前記二の3の(四)・同4の(一)(二))、被告の右申入れが債務の本旨に従った履行の提供であるとは解し難いこと、以上の事実に徴すれば、前記五の2に記載した被告に有利な諸事実をもって、被告の労基法第三七条違反は解せられず、また右違反に対し制裁を加すべきではないと認めるに足りる特段の事由とは評価し難い。
 4 してみると、原告は被告に対して附加金の支払いをも請求できる。