全 情 報

ID番号 01319
事件名 懲戒処分無効確認請求事件
いわゆる事件名 目黒電電局事件
争点
事案概要  「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチック製のプレートを着用して勤務したり、プレートを取り外すようにという上司の注意を受けて、これに抗議するために休憩時間中に局所内で、「職場のみなさんへの訴え」と題するビラを配布した電電公社職員に対し、事業場内での政治活動の禁止およびビラ配布許可制に反したとしてなされた懲戒処分(戒告処分)の無効確認が求められた事例。
参照法条 労働基準法34条3項
国家公務員法102条
日本電信電話公社法34条2項
体系項目 休憩(民事) / 休憩の自由利用 / 自由利用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 政治活動
裁判年月日 1977年12月13日
裁判所名 最高三小
裁判形式 判決
事件番号 昭和47年 (オ) 777 
裁判結果 破棄自判
出典 民集31巻7号974頁/時報871号3頁/タイムズ357号116頁/訟務月報23巻12号2158頁/裁判所時報730号1頁/労働判例287号26頁/労経速報967号5頁/裁判集民122号347頁
審級関係 控訴審/03623/東京高/昭47. 5.10/昭和45年(ネ)1072号
評釈論文 越山安久・法曹時報33巻2号581頁/遠藤喜由・地方公務員月報179号45頁/横井芳弘・労働法の判例〔ジュリスト増刊〕126頁/喜多實・季刊労働法108号116頁/吉田美喜夫・日本労働法学会誌52号104頁/宮里邦雄・労働経済旬報1176号16頁/玉田勝也・公企労研究34号91頁/高木紘一・昭和52年度重要判例解説〔ジュリスト666号〕202頁/坂本重雄・法律時報50巻4号55頁/山口浩一郎・判例タイムズ357号105頁/山口浩一郎・労働判例287号22頁/山本吉人・労働判例百選<第四版>〔別冊ジュリスト72号〕36頁/松崎勝・公務員関係判例研究19号32頁/西村健一郎・民商法雑誌79巻4号568頁/西谷敏・ジュリスト659号78頁/西谷敏・労働判例百選<第四版>〔別冊ジュリスト72号〕106頁/前田光雄・地方公務員月報180号48頁/野田進・ジュリスト686号153頁/郵政省人事局労働判例研究会・官公労働32巻9号46頁/林修三・時の法令1003号52頁/林修三・時の法令1004号49頁
判決理由  〔休憩―休憩の自由利用―自由利用〕
 一般に、雇用契約に基づき使用者の指揮命令、監督のもとに労務を提供する従業員は、休憩時間中は、労基法三四条三項により、使用者の指揮命令権の拘束を離れ、この時間を自由に利用することができ、もとよりこの時間をビラ配り等のために利用することも自由であって、使用者が従業員の休憩時間の自由利用を妨げれば労基法三四条三項違反の問題を生じ、休憩時間の自由利用として許される行為をとらえて懲戒処分をすることも許されないことは、当然である。しかしながら、休憩時間の自由利用といってもそれは時間を自由に利用することが認められたものにすぎず、その時間の自由な利用が企業施設内において行われる場合には、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制による制約を免れることはできない。また、従業員は労働契約上企業秩序を維持するための規律に従うべき義務があり、休憩中は労務提供とそれに直接附随する職場規律に基づく制約は受けないが、右以外の企業秩序維持の要請に基づく規律による制約は免れない。しかも、公社就業規則五条六項の規定は休憩時間中における行為についても適用されるものと解されるが、局所内において演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等を行うことは、休憩時間中であっても、局所内の施設の管理を妨げるおそれがあり、更に、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後の作業能率を低下させるおそれがあって、その内容いかんによっては企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるのであるから、これを局所管理者の許可にかからせることは、前記のような観点に照らし、合理的な制約ということができる。本件ビラの配布は、その態様において直接施設の管理に支障を及ぼすものでなかったとしても、前記のように、その目的及びビラの内容において上司の適法な命令に対し抗議をするものであり、また、違法な行為をあおり、そそのかすようなものであった以上、休憩時間中であっても、企業の運営に支障を及ぼし企業秩序を乱すおそれがあり、許可を得ないでその配布をすることは公社就業規則五条六項に反し許されるべきものではないから、これをとらえて懲戒処分の対象としても、労基法三四条三項に違反するものではない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―政治活動〕
 一般職国家公務員については、その政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保する目的から、国公法一〇二条、人事院規則一四―七により政治的行為の制限が定められ、その違反に対しては同法一一〇条一九号により刑罰が科せられることとされている。しかしながら、公社職員については、法律自体に職員の政治的行為を禁止する規定は設けられず、専ら公社就業規則において、「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」(制定当初は五条八項に定められていたが、数次の改正により本件当時は五条七項に規定されていた。)と定められているにとどまり、国公法と異なって、局所内における政治活動だけが禁止され、しかも、刑罰の裏づけを伴っていない。そうして、公社は、公衆電気通信事業という、一般公衆が直接利用関係に立ち国民生活に直接重大な影響をもつ社会性及び公益性の極めて強い事業を経営する企業体であるから、公社とその職員との労働関係が一般私企業と若干異なる規制を受けることは否定することができないが、公社はその設立目的に照らしても企業性を強く要請されており、公社と職員との関係は、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものであると解される。更に、一般に就業規則は使用者が企業経営の必要上従業員の労働条件を明らかにし職場の規律を確立することを目的として制定するものであって、公社就業規則も同様の目的で公社が制定したものであるが、特に公社就業規則五条はその体裁、文言から局所内の秩序風紀の維持を目的とした規定であると解しうるところからみると、公社就業規則五条七項が局所内における政治活動を禁止した趣旨は、一般職国家公務員に関する国公法一〇二条、人事院規則一四―七における政治的行為の制限の趣旨と異なり、一般私企業において就業規則により事業所(職場)内における政治活動を禁止しているのと同様、企業秩序の維持を主眼としたものであると解するのが、相当である。すなわち、一般私企業においては、元来、職場は業務遂行のための場であって政治活動その他従業員の私的活動のための場所ではないから、従業員は職場内において当然には政治活動をする権利を有するというわけのものでないばかりでなく、職場内における従業員の政治活動は、従業員相互間の政治的対立ないし抗争を生じさせるおそれがあり、また、それが使用者の管理する企業施設を利用して行われるものである以上その管理を妨げるおそれがあり、しかも、それを就業時間中に行う従業員がある場合にはその労務提供業務に違反するにとどまらず他の従業員の業務遂行をも妨げるおそれがあり、また、就業時間外であっても休憩時間中に行われる場合には他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後における作業能率を低下させるおそれのあることがあるなど、企業秩序の維持に支障をきたすおそれが強いものといわなければならない。したがって、一般私企業の使用者が、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許されるべきであり、特に、合理的かつ能率的な経営を要請される公社においては、同様の見地から、就業規則において右のような規定を設けることは当然許されることであって、公社就業規則五条七項の規定も、本質的には、右のような趣旨のもとに定められていると解され、右規定にいう「政治活動」の意義も、一般私企業における就業規則が禁止の対象としている政治活動、すなわち、社会通念上政治的と認められる活動をいうものと解するのが、相当である。
 (中 略)
 本件プレートの文言は、右のようなわが国の政治的な立場に反対するものとして社会通念上政治的な意味をもつものであったことを否定することができない。前記第一の一の(一)の事実によれば、被上告人は右文言を記載したプレートを着用してこれを職場の同僚に訴えかけたものというべきであるから、それは社会通念上政治的な活動にあたり、しかもそれが目黒局の局所内で行われたものである以上、公社就業規則五条七項に違反することは明らかである。
 公社法三四条二項は「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。本件についてこれをみれば、被上告人の勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行ったものであって、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかったとしても、精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかったものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであったといわなければならない。
 (中 略)
 すなわち、被上告人の本件プレート着用行為は、実質的にみても、局所内の秩序を乱すものであり、公社就業規則五条七項に違反し五九条一八号所定の懲戒事由に該当する。
 (中 略)
 四 次に、被上告人の前記第一の一の(三)のビラ配布行為は、許可を得ないで局所内で行われたものである以上、形式的にいえば、公社就業規則五条六項に違反するものであることが明らかである。もっとも、右規定は、局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであるから、形式的にこれに違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当とする。ところで、本件ビラの配布は、休憩時間を利用し、大部分は休憩室、食堂で平穏裡に行われたもので、その配布の態様についてはとりたてて問題にする点はなかったとしても、上司の適法な命令に抗議する目的でされた行動であり、その内容においても、上司の適法な命令に抗議し、また、局所内の政治活動、プレートの着用等違法な行為をあおり、そそのかすことを含むものであって、職場の規律に反し局所内の秩序を乱すおそれのあったものであることは明らかであるから、実質的にみても、公社就業規則五条六項に違反し、同五九条一八号所定の懲戒事由に該当するものといわなければならない。