全 情 報

ID番号 01493
事件名 解雇処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 西九州自動車事件
争点
事案概要  被告経営の自動車専門学校の技能指導係長が、就業規則の変更により設けられた満五五歳停年制を適用され解雇されたので、雇用契約上の地位確認、賃金支払を請求した事例。(請求一部認容)
参照法条 労働基準法89条,93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 1972年11月10日
裁判所名 佐賀地
裁判形式 判決
事件番号 昭和44年 (ワ) 288 
裁判結果 一部認容
出典 労経速報798号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由  およそ就業規則は単なる特定の企業における社会規範たるに止まらず、法規範としての性格を認められるに至っており、労働基準法第九三条の規定もこのことを前提としたものと解するのが相当である。
 また労働基準法第九〇条によれば就業規則を制定変更する権限は使用者がもっているものといわざるを得ないが、しかしながら労働条件に関する部分を労働者に不利益に変更した場合、変更前から雇用されていた労働者にもこれが当然に適用され、その労働条件が変更された就業規則にまで引下げられるかどうかは更に検討されることが必要である。即ちすでに存在する就業規則は現に行われ、従来から雇用されている労働者の労働条件は右就業規則の定めるところによって律せられているのが通常であって、就業規則の労働条件に関する部分はいわば労働契約の内容に化体しているものということができるから、使用者が右就業規則を不利益に変更しても、当該労働者の同意のない限り、右労働条件を当然に引下げることのできないことは労働基準法第二条第一項の原則から明らかであり、このことは同法第九三条に反する結果になるものでもないというべきである。
 (2)これを本件についてみるに、停年制がないことは労働者に対して終身雇用を保障した趣旨と解することはできないにしても、停年制は労働者が所定の年齢に達した場合には自動的に、又は解雇によってその地位を失わせるものであって、しかもその年齢が本件のように五五歳というように必ずしも高くない場合には、停年制の新設が労働者に不利益な労働条件を課する結果になるものであることは疑いのないところである。
 また証人Aの証言(第一回)及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告が右就業規則の変更ないしその適用に同意を与えていないことも明らかである。
 以上のとおりであるから原告に対しては現行就業規則第七条の効力は及ばないものというべく、したがって本訴請求中雇用契約上の地位の確認を求める部分は理由があることになる。
 (3)なお原則としては就業規則の変更によって一方的に労働者に不利益な労働条件を課することはできないが、右変更された就業規則が合理的なものである限り、労働者は同意しないことを理由としてその適用を拒否することはできないとの見解(最高裁判所昭和四三年一二月二五日判決参照)にしたがうとしても右と結論を異にするものではないと考える。
 即ち我が国産業界の実情に照し停年制そのものは必ずしも不合理なものということはできないとしても、一般に停年制の新設が労働者にとって不利益であることは前述のとおりであることからすれば、具体的に停年制の存在目的であると考えられる事情、即ち高齢者が多く、労働の質に比して人件費が著しく高く企業全体の業績に著しい悪影響を及ぼしていること、人事が停滞して従業員全体の志気が低下している等の事情がなければならないものと解されるところ、右のような事実を認める証拠は見当らない。
 就業規則は労働基準法第八九条所定の事項等に関して経営者である使用者が多数の従業員の労働条件等を統一的画一的に処理するために一方的に作成し、作成時における当該事業場に使用される全従業員に適用されるものである。
 このように使用者によって一方的に作成される就業規則に定められた労働条件等がいかなる根拠によって、その労使を拘束するかについては、周知のように見解の分かれるところである。
 労働契約は、労働者がその労務の自由な使用を使用者に委ねることを一つの内容とする契約であるから、当然に使用者の労働者に対する指揮命令の機能を伴うものであって、使用者は職場の秩序維持、労務供給の手順等について一定の基準を設定し、これらを就業規則に労働者の行為準則として規定する。そうして、これらの事項が労働者を拘束するのは、前記労働契約の内容である使用者の指揮命令権にその根拠があると考えられる。
 したがって、就業規則のうち、これらの事項については使用者が諸般の事情に適合しなくなったときは、それが合理的なものである限り、従業員等の同意なくして一方的に改変しうるものであり、ひとたびこれが改変されると規範的なものとして従業員を拘束するのである。
 しかしながら、賃金の決定、計算等の賃金支払いに関する事項が就業規則中に定められた場合、それが労使を拘束する根拠は、当該事項が労使の個別的な労働契約の内容となっていることに求めるのが相当である。なぜかならば、賃金の支払いに関する事項は、労働契約締結の最も重要な要素をなすものであって、就業規則の中にとり込まれているかどうかにかかわりはないからである。
 そうすると、右のような労働契約の要素をなす基本的な労働条件が、ひとたび合意によって労働契約の内容となった場合には、これを一方の当事者において相手方の同意なくして変更しえないのは契約法理上当然であるから使用者が一方的に制定する就業規則でもって、その内容を労働者の不利益に改訂しても、それだけで規範的効力を有するものと解せられない。
 (証拠略)を総合すると、新・旧両規定を対比すれば固定給である乗務日給等については新規定の方が債権者らに有利に改訂されているけれども、タクシー乗務員の最も重要視する能率給については、一ヵ月間の総水揚金額が同一の場合は明らかに新規定は債権者らに不利益に変更されており、また乗務完了手当、無事故手当等について乗務日数による支給制限がきびしくなったため、年次有給休暇等の正当な事由による欠勤の場合賃金ダウンをきたすようになること、さらに一ヵ月間の総水揚金額に対する賃金支給額のしめる割合が低下することが一応認められ右認定に反する証拠はない。
 そうして、右事実と、債権者らの昭和四七年八月分の賃金に関して新規定に基づいて算定すると旧規定による場合よりも減少すること(この事実は当事者間に争いがない)を合せ考えると、新規定は全体として債権者らに不利益な変更というべきである。
 債務者会社のように水揚量を基礎とした能率給を一つの柱とする賃金体系を採用している場合には、タクシー料金が値上げになったときには事情によって、それに見合うように能率給を調整する必要がある場合があることはいなめず、(証拠略)(あっせん案)には、タクシー料金値上げによる賃金改訂を前提とする記載があること、また前顕旧規定(略)の第一五条には、「下記の各号の一に該当する場合は当賃金規定を適用しない」として、その第一項に「経済事情の変化」をあげていることが認められる。
 しかしながら、このことから、ただちに、タクシー料金が値上げされた場合には債権者らとの個別的な労働契約の内容となっている賃金支払いに関する事項については、従来の契約内容は破棄され債権者らの同意なくして一方的に使用者である債務者会社がこれを定めうる旨の合意が成立しているとまではとおてい認めることができない。
 そうだとすれば、債務者会社の新規定は債権者らに効力を及ぼさないものであるから、債権者らは依然として旧規定に基づいて算定された別紙二B欄記載の賃金を請求する権利があるというべきである。