全 情 報

ID番号 01815
事件名 懲戒処分無効確認請求控訴事件
いわゆる事件名 神戸製鉄所長府工場事件
争点
事案概要  通勤車輛を会社構内に乗り入れる場合には「保険金額七〇〇万円以上の対人賠償保険に加入していること」という通勤車輛取扱規程の条項があったにもかかわらず、任意保険に加入せずに会社構内に自動車で乗り入れ続けた労働者に対する譴責処分の効力が争われた事例。(一審 請求認容、二審 原判決取消、請求棄却)
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 処分無効確認の訴え等
裁判年月日 1977年12月21日
裁判所名 広島高
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ネ) 267 
昭和51年 (ネ) 80 
裁判結果 原判決取消、棄却
出典 労働民例集28巻5・6合併号675頁/時報923号121頁/タイムズ369号317頁/労働判例289号23頁/労経速報973号3頁
審級関係 一審/山口地下関支/昭50. 9.22/昭和47年(ワ)260号
評釈論文
判決理由  〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の限界〕
 三 そこで本件懲戒処分の適否について判断する。
 1 本件規程の効力について
 本件規程二条一項四号は任意保険に加入していない者に対し、通勤車輛の構内乗入れを拒否するもの、すなわち構内通行を禁止し駐車場の利用を拒否するものである。
 しかして控訴会社構内は控訴会社の各施設の存する場所であり、また駐車場は控訴会社の施設であって控訴会社の施設管理権の及ぶところであるが、本来控訴会社において従業員に対し会社構内を通勤車輛で通行さすべき義務はもとより、通勤車輛のため駐車場を設置する義務も、労働契約等により通勤車輛の構内通行、駐車場の設置とその使用につき特段の定めがない限り、当然には負わないものと解されるから、使用者たる控訴会社が従業員の利用に供せんとして会社構内に駐車場を設置した場合であっても、それは従業員に対する一の便宜供与に過ぎないというべきであり、控訴会社において自由にその使用に制限を加え得ることはいうまでもないところである。もっとも、その制限の仕方が全く合理性を欠き、殊に従業員間の差別待遇に連らなるとみられるような場合には、かような制限は許されないと解すべきであろう。
 そこで本件規程の任意保険に加入しない者に対し構内通行を禁止し駐車場の利用を拒否する定めが全く合理性を欠くものであるかどうかについて検討するに、(イ)従業員の通勤途上の事故については、企業は特段の事由のない限り法的には損害賠償責任は負うものではなく、賠償は従業員個人の問題というべきであるが、事故の発生はもとより、事故が発生した場合の責任及び賠償をめぐっての被害者との対立が、事実上の問題として被害者の多くが属する企業周辺の地域社会の企業に対するイメージを損じ、その社会的評価に影響を与えることは否定しがたいところであり、(ロ)また原審証人A、同B、当審証人Cは加害従業員の損害賠償能力が乏しいとそれが気になって職務の専心度が低下し、作業能率を阻害し更には業務上の災害を起す可能性もある旨供述しているが右供述内容は首肯し得るものであり賠償問題が加害従業員の業務に与える影響は少なからぬものがあると考えられるし、更には当該従業員のみならず、その属する職場の上司、同僚等にも、その業務遂行に何らかの影響を及ぼさないとはいえないことが推測される。
 そうするとかような事故が発生した場合、企業は被害者に対し迅速かつ十分な被害の弁償がなされることにつき利害関係を有するといわねばならない。そして資力のない従業員はもとより資力のある従業員においても、迅速かつ十分な弁償を行うために任意保険に加入しておくことが緊要であることは多言を要しないところであるから控訴会社が任意保険に加入して損害賠償能力を高めた者に対し構内乗り入れを許し、然らざるものに対しこれを拒否することは決して合理性を欠くものとはいえず、この点において本件規程を無効とすべき理由はない。
 (中 略)
 2 本件懲戒処分の適否について
 前記認定によれば、被控訴人は昭和四七年九月一日以降も警備員が実力で入構を阻止するまで、任意保険に加入することなく、自動二輪車を控訴会社長府工場構内に乗り入れ、入門の際警備員がこれを制止し更に同年九月一一日には右工場総務課長Dが本件規程に従うよう説得したがこれに応じなかったものであって、被控訴人の右行為は企業秩序を乱すものといわざるを得ず、本件規程二条一項四号に違反すること明らかであるから就業規則七〇条三号、六七条二項により被控訴人をけん責に処した控訴会社の処分は有効である。
 〔懲戒・懲戒解雇―処分無効確認の訴え等〕
 企業において懲戒処分としてけん責がなされた場合、被処分者である従業員に対し、けん責処分を理由として給与その他の労働条件の上で不利益な取扱いがなされることは通常予想されるところであり、その不利益取扱いの内容程度如何は別として、けん責処分が不利益取扱いの原因となり得ることは企業社会において一般に承認されたところということができる。現に、本件けん責処分についても、昭和四八年四月一日の定期昇給において、被控訴人が、本件けん責処分の存在を理由として、最低昇給額適用者として取扱われ給与の上で不利益を蒙ったことは、弁論の全趣旨に照らし明らかであり、しかも本件けん責処分による被控訴人に対する不利益取扱いが、現在または将来においてこの範囲にとどまることは保し難いのである。
 けん責処分の被処分者は一般にこのような不利益取扱いの危険を有しているのであるが、もしそのけん責処分が違法無効のものであるとすれば、かような不利益取扱いは許されない筈であるから、被処分者は企業に対して右けん責処分を理由とする不利益取扱いをしないことを求め得なければならない。従って、形式上けん責処分が存在する以上、被処分者が右けん責処分の無効を主張して包括的にこれに基づく不利益取扱いをしない義務が企業に存することの確認を求めることは、現在の権利義務ないしは法律関係に関する確認訴訟として、その利益を肯定してよいものと考える。そして、本件の如きけん責処分の無効確認を求める訴の本質は、右のような包括的不作為義務の確認を求める趣旨と解されるから、その訴の適法性はこれを否定すべきではない。(ちなみに、右のような理解の下では被控訴人が本訴において予備的に申立てている「けん責処分の付着しない労働契約上の地位の確認」ということも、表現に差はあれ、同一内容の請求とみるべきであろう。)もとより、このような不利益取扱いが現実になされた場合には、その都度その内容に応じた救済的訴の方法も可能であるが、このような方法は極めて迂遠であり煩さであって、個別的訴の可能であることを理由に包括的不作為義務の確認を許さないとするのは妥当を欠く。
 更にまた、けん責処分は従業員に対する懲罰として被処分者の名誉権を侵害するものであるから、それが理由なくしてなされた場合不法行為としての一面を有すると解される(通常故意過失の存在は推定される)が、民法七二三条に規定する名誉回復措置として、けん責処分の無効確認を求めることも許されてよいのではないかと考えられ(いわば観念的不法行為であるけん責処分による名誉棄損に対しては端的にその処分の効力を否定することが、最も直接的な名誉回復となる。)こうした点も側面からこの種けん責処分無効確認の訴の適法性を支えるものといえよう。
 よって、本件訴は適法である。