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ID番号 01947
事件名 休職処分取消控訴事件
いわゆる事件名 動労鹿児島支部事件
争点
事案概要  組合脱退者に対する説得活動をめぐるトラブルに起因して逮捕起訴された者に対する起訴休職処分につき、原判決を変更して休職処分を無効とした事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 休職 / 起訴休職 / 休職制度の合理性
休職 / 起訴休職 / 休職制度の効力
懲戒・懲戒解雇 / 処分無効確認の訴え等
裁判年月日 1976年6月29日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和49年 (行コ) 80 
裁判結果 変更
出典 高裁民集29巻3号125頁/時報818号30頁/東高民時報27巻6号149頁/タイムズ342号210頁
審級関係 一審/東京地/昭49.11.27/昭和44年(行ウ)120号
評釈論文 坂本重雄・労働判例257号4頁/斉藤健・公務員関係判例研究12号32頁/郵政省人事局労働判例研究会・官公労働30巻10号45頁
判決理由 〔休職―起訴休職―休職制度の合理性〕
 一般に企業内にある労働者が起訴されることによって当該企業の信用が相当の程度毀損される場合があることは否定できず、そのような場合この理由で起訴休職によって一時的にこれを企業外に排除することも是認されなければならないが、どのような場合に企業の信用を相当程度毀損する虞れがあるかの判断をするにあたっては、(1)労働者の地位、職種、業務内容、(2)公訴事実によって特定された嫌疑の具体的内容(動機、罪質、態様、程度)、(3)無罪の可能性の有無、などを総合考慮して決定するのが相当である。以下この観点から本件について検討する。
 (中 略)
 本件の起訴事実は直接運転の安全に関するものでなく、控訴人らの職務上の地位は中堅的なもので自ら技術者たるほか特に部内の人事管理等影響力あるものではないことからみるとその信用毀損の程度はそう大きくはなく、これを回避するのに休職をもってしなければならない程のものではないというべきである。その余の右控訴人らの職務はもとより機関車の運行に不可欠のものであるとはいえもともと機関士の補助的立場にあり、その影響力の如きは皆無にひとしいものであるから、本件起訴によって被控訴人の信用を毀損することは殆んどないといえる。
 (中 略)
 本件の公訴事実はいわゆる破廉恥犯ではなく、その職務上のものでもなく、被控訴人自身に加えられたものでもなく、実に労働組合相互間の紛争を原因とする暴行脅迫事件というに過ぎないのであって、一般人がこの認識を基にしてこれを被控訴人の信用に結びつけて評価し、ひいて被控訴人のこの面の施策を問題にするというようなことは相当困難とみられるから、これらの起訴事実が直ちに被控訴人の信用毀損まで生ずるか疑わしく、たとえ、何ほどかの影響があるとしても、公訴事実からみられる行為の態様、結果からみて、その程度は比較的軽微であり、それを回復し保持するため直ちに休職をもって臨まなければならない程のものとはいえない。
 控訴人らは起訴の当時から一貫して犯罪事実を強く否定しており、そのことは助役の現認報告自体からも窺知できたものといえるから、管理者の現認報告、各被害者の供述ばかりでなく、控訴人らの弁明をも聴取して公平な態度で仔細に真相を究明すれば、控訴人らの弁明が合理的理由があり、公訴事実は相当の変容を余儀なくされ、場合によっては無罪判決がされるかもしれないとの予測が全くできなかったものとはいえない。
 (中 略)
 機関車の運転が高度の精神的緊張を要するものであることは肯認すべきであるが、機関士たる控訴人X1ら三名はいずれも経験豊富な年輩者であり、事案の規模内容推移にして前記のようである本件において、起訴が直ちに同人らの運転事故につながる蓋然性を有するものともいいがたいところである。以上の事情から考えれば当時控訴人らが起訴により職務専念義務に支障を生じ休職としなければならない程の特段の事情がなかったものと推認することができる。
 (中 略)
 控訴人らの行為が正常な業務を行うため定められた職場規律を乱し業務を阻害したものとはいえず、また当時に、将来控訴人らを休職として職場から排除しなければその虞れがあったとすることもできない。
 (中 略)
 前記控訴人らの行為によって惹起された職場秩序違反の責任がすべて控訴人らにあったということはできず、将来控訴人らを休職にせず職場に勤務させた場合控訴人らが再び起訴にかかるが如き行為をくりかえすとは考えられず、動労と新国労間の紛争を拡大させる存在となるものともいえない。従って起訴があったからといって直ちに控訴人らを休職とし職場から排除し、これによって職場秩序の維持回復を図るとするのは、他律的で不公平の観を免れず、相当な措置とはいえない。
 (五)以上のとおりであるから被控訴人の挙げる休職理由はいずれも失当であり、その他諸般の事情を考慮してもその根拠を見出せず、被控訴人が控訴人らを休職としたことは結局裁量権の濫用にあたり無効であるといわざるをえない。
〔休職―起訴休職―休職制度の合理性、休職制度の効力〕
 起訴休職は国鉄法三〇条一項二号、就業規則五九条一項二号、協約一一条により、被控訴人の裁量によって、職員が刑事事件に関し起訴された場合になされるもので、当該職員をその意に反してその事件が裁判所に係属する期間中その職務から排除するものである。休職者は職員としての身分は保有するが、その職務に従事しないこととなり、ここに休職の本質がある。すなわち刑事事件によって起訴された職員は当然には職員たる身分を失うものではないが、爾後当該事件が裁判所に係属する間は刑事被告人として裁判所という他の国家機関の権威のもとに齎らされ、その管理拘束に服せしめられるので、本来の使用者である国鉄の統制の下で職務に専念することが困難となるところから、その間身分を保有しながらも職務に従事しないことの故をもってその責任を問われることのないよう保障するのである。それと同時に他方において、職員が一旦起訴されると、有罪判決のあるまで無罪の推定を受けるとはいえ、現実には裁判の結果公訴事実が認定され、犯罪の成立ありとされることの蓋然性が高いことから、当該職員に相当濃厚な犯罪の嫌疑が生じ、その事実と職員の地位職責の如何によっては、これをそのまま職務に従事せしめるときは外に対しては信用を失墜し、内に対しては職場規律に影響なしとしないことから、これを休職に付して職務から解放することに意義あることとなる。この面においては通常公訴事実が起訴休職の基礎となる事実というのを妨げない。
 しかし、起訴休職の本質は、本来労働関係を規律する措置であること右の如くであって、犯罪の成否には直接の関係がないから、後日公訴事実の証明がないとして無罪判決が確定したとしても、遡って直ちに当初から起訴休職が無効となるものではない。けだし、通常起訴にかかる公訴事実が認められなかった場合でも、事件の係属中職員を職務から解放する必要の存したこと及び公訴事実によって特定された犯罪の嫌疑が事件の係属中存続したことは無罪判決があっても、休職の理由たる意義を失うものではないからである。従って控訴人X1、同X2については一審で無罪の判決があったがまだ確定していないからもとより、その余の控訴人らについて無罪が確定していること前記認定のとおりであるけれどもこれによって本件休職が無効に帰したものといいえないこと明らかである。
 しかし起訴休職は反面において、これを受けた者は職務の執行から排除され、給与の一部もしくは全部の支給を受けず、昇給その他の処遇の面でも多くの不利をこうむり、しかも刑事事件の係属は不定期間に及ぶ等においてはなはだしい苦痛であって、これを全体としてみれば懲戒処分としてなされる停職にも比すべき一の不利益処分というを妨げない。従ってこの処分をするに当っはそれが裁量によってなされるとはいえ、その権限は適正に行使すべく、いやしくも裁量の範囲を逸脱し、もしくはその濫用に当ることのないようつとめるべきであって、たんに起訴があったというだけに止まらず、公判の見とおし、身柄拘束の有無、公訴事実によって特定される嫌疑の内容、その罪名、罪質、当該職員の地位、身分、職責と公訴事実との関係、それによってその者がそのまま職務に従事することが外に対しては国鉄の名誉信用を傷つけ、内にあっては職場の秩序規律を損なうようなことがないか等一切の事情を考慮して慎重になすべきものと解される。
〔懲戒・懲戒解雇―処分無効確認の訴等〕
 右その余の控訴人らが無罪判決確定により復職していること後記認定のとおりであり、これによって休職を争う主な目的は達成している。しかし、現在のままでは、公判中の休職措置は有効として取扱われ、給料の一〇〇分の四〇の不払いが正当化される虞れがある(もっとも、この点は前提問題として争えば足りることは控訴人X1と同一である)ばかりでなく、休職期間中の昇給、昇任、復職後の給与、将来における配置転換、功績章その他一切の人事上の取扱いの点で、休職が右控訴人らに不利な影響を及ぼすべき関係にあるから、これらの不利益を全く除去するため、右控訴人らは現在においても右休職が無効であることの確認を求める法律上の利益を有するものというべきである。