全 情 報

ID番号 03107
事件名 賃金支払請求認容事件
いわゆる事件名 三菱重工長崎造船所事件
争点
事案概要  一日八時間労働の起算点につき、会社が現場到着制をとり、作業服・安全保護具の着装、その後の作業現場への歩行のための時間を労働時間でないとし、右着装等に要した時間を不就労時間として賃金カットしたことに対して、右時間も労働時間であるとしてカット分の賃金を請求した事例。
参照法条 労働基準法32条
体系項目 労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 着替え、保護具・保護帽の着脱
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 歩行時間
裁判年月日 1987年11月27日
裁判所名 長崎地
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (ワ) 316 
裁判結果 認容
出典 労働民例集38巻5・6合併号580頁/時報1270号153頁/タイムズ667号115頁/労働判例508号43頁/労経速報1311号3頁
審級関係
評釈論文 加茂善仁・経営法曹102号42~51頁1993年3月/西村健一郎・法学セミナー33巻7号133頁1988年7月/辻村昌昭・季刊労働法147号159~166頁1988年4月/野川忍・昭和62年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊910〕209~211頁1988年6月/齋藤周・労働法律旬報1195号22~31頁1988年7月10日
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念-差替え、保護具・保護帽の着脱〕
 1 労働基準法三二条の規制の対象となる労働時間とは、使用者の指揮監督下に労務を提供している時間をいうと解されるところ、右労務の提供のうちには本来の作業に当たらなくとも、法令、就業規則、または職務命令等によって労働者が労務の提供を開始するに当たって義務づけられこれを懈怠したときは不利益取扱を受けることから、必要不可欠ないし不可分の準備行為とされているものも含まれるというべきである。すなわち、労働者が従事する作業の性質いかんによっては、法令により業務上の災害防止の見地から作業服及び安全保護具等の着装が義務付けられている場合があり(労働安全衛生法四条、二六条、同規則一〇五条、一一〇条、五二〇条、五五八条、五九七条等)、これらの着装は本来の作業を遂行するため必要不可欠な準備行為であるから、それは使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間は右労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。また使用者が労働契約上の安全配慮義務を尽くすため作業上の安全確保の見地から作業服及び安全保護具等の着装を就業規則等で労働者に義務付け、或いは使用者が作業能率の向上、生産性の向上、職場秩序の維持など経営管理上の見地から労働者に作業服・安全保護具等の着装を義務付け、これを懈怠した労務の提供を拒否され不利益を課される場合があるが、このような場合も作業服及び安全保護具等の着装は本来の作業を遂行するにあたり必要不可欠ないし不可分の準備行為といえるから、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間も右労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。
 2 そこで、これを本件について見るに、原告らは、労働安全衛生法規や被告会社の諸規則に基づく上長の指示により、実作業にあたり作業服への更衣及びその更衣の一部として連続してなされる範囲の安全保護具等の着装を義務付けられ、これを懈怠すると、就業規則に定められた懲戒処分や就業拒絶の取扱いを受け、また成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があることは当事者間に争いがないところ、原告らが義務付けられている右作業服への更衣及びそれの一部として連続してなされる範囲の安全保護具等の着装は本来の作業に不可欠の準備行為であり、使用者の指揮監督下における労務の提供といえるから、右更衣等に要した時間は労働基準法上の労働時間というべきである。また(証拠略)によると、右更衣等を作業場から離れた更衣所等で行うこととされているので、事の性質上当然に右更衣所等で更衣等をした後実作業に就くべく所定の準備体操場まで到達するための歩行も、本来の作業に不可欠の準備行為で、使用者の指揮監督下における労務の提供といえるから、右歩行に要した時間も同様に労働基準法上の労働時間というべきである。
 3 そうすると、被告会社が原告らに対し勤務を欠いたとして賃金を支払わなかった別表記載の「不就業時間」は、前記一のとおりいずれも原告らにおいて午前八時の始業時刻に作業服・安全保護具等の着装を開始してから、これを終えて実作業に就くべき場所である所定の準備体操場まで歩行するなどして到達するのに要した時間であることは当事者間に争いがないので、原告らが現実に行った右作業服・安全保護具等の着装及び準備体操場までの歩行に要した時間は労働基準法上の労働時間というべきである。
〔労働時間-労働時間の概念-歩行時間〕
 なるほど労働者は、労働安全衛生法四条及び二六条等によって使用者が講ずる安全衛生措置に応じてこれに協力し、かつ必要な事項を遵守する義務を負っている。しかし、これは、使用者が労働災害の防止等の責任の大半を負うべきものではあるが、事の性質上労働者もこれに協力して必要な事項を遵守しなければ万全ではないという趣旨に基づくものであって、その労働者の義務はあくまで使用者の負う義務に対応付随するもので、業務の遂行と切り離して存在するものではないから、前記のとおりこの義務の履行に基づく作業服・安全保護具等の着装は使用者の指揮監督下における労務の提供というべきものである。また使用者の労働契約上負っている安全保護義務に対応して労働者がその協力義務の履行として作業服・安全保護具等の着装を行う場合でも、その義務の主体は使用者であって、労働者は付随的に協力義務を負っているに過ぎず、それは業務の遂行と不可分の関係にあるから、この義務の履行としての右作業服・安全保護具等の着装も使用者の指揮監督下における労務の提供ということができる。
(中略)
 労働安全衛生法規や被告会社の諸規則によって義務付けられた作業服・安全保護具等の着装は、本来の作業に必要不可欠ないし不可分の準備行為であって、使用者の指揮監督下における労務の提供と解され、その労務の提供に対してはその対価である賃金請求権が発生するといわなければならない。