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ID番号 03209
事件名 退職金手当請求事件
いわゆる事件名 神奈川県事件
争点
事案概要  県職員が死亡した場合の退職金の支払いにさいし、法律上の妻を有していながら右職員と重婚的内縁関係にあって現実の夫婦関係を構成していた者が、退職手当条例に定める退職金受給権者(「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」)に該当するか否かが争われた事例-肯定。
参照法条 労働基準法89条1項3の2号
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 死亡退職金
裁判年月日 1981年1月20日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 昭和54年 (ワ) 1546 
裁判結果 棄却
出典 労働民例集32巻1号1頁/家裁月報33巻12号86頁
審級関係 上告審/最高二小/昭58.11.25/昭和56年(オ)1185号
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-死亡退職金〕
 Aは、昭和一一年ころ、Bと知り合つてやがて同棲するようになり、昭和一四年七月二六日に婚姻の届出をなし、二子をもうけ、昭和二五年以降はAの父Cと共に同居していたが、BとCとが不仲となり、Aの不在中にBがCを追い出したことから、AとBとの関係が極度に冷却化して互に殆んど口をきかなくなり、ついに、昭和二八年ころ、Aが単身で家を出て別居するに至つた。Aは東京都大田区矢口で郷里福島から呼び寄せたCと共に居住していたが、当時、川崎市内の小学校教員をしていたかねて知り合いの亡Dと親しく交際するようになり、前記家出の約半年後に同女と同棲するようになつた。右家出後、AはBには住所を知らせず、差出人の住所の記載のない封書で少額の送金(Bは金五千円と供述し、Aは金五千円から金一万二千円くらいと供述する。)をし、その直後、Bが封書の消印を手掛りに上京してA方を一回訪ねた以外、両者の間に全く音信がなかつたが、昭和三七年ころ、川崎市内駅前ビルの喫茶店で、A、B、亡Dの三名が、E家の石塔建立の件や、A、Bの離婚の件について話合いを行い、その際、BはAの本籍地を伊豆長岡町から他所へ移すことを条件に離婚に応ずる旨を約し、両者間に離婚の合意がなされた。そして、その後、Aの署名押印のある離婚届用紙がB方に送付されたが、Bにおいて、離婚の届出をしないまま過ごしてしまつた。その後も、AとBの関係は、Aの父の葬儀にBが招かれず、また、長女の結婚式にAが招かれないなど無縁の状態が続いていた。反面、Aと亡Dとは、互に夫婦と認め合い、共同生活を営んできたもので(同僚から結婚祝を貰つたり、夫婦として長期分譲住宅の譲受を申込んだりした。)、Aが昭和五〇年一一月交通事故で受傷し、重大な後遺症を受けた後は、亡Dの死亡時まで同女の看護を受け、扶養されていた。なお、AとBは協議離婚して昭和五五年五月一九日その旨の届出がなされた。
 二 右事実によれば、Aと亡Dとは、婚姻の届出を欠くが、当事者間に夫婦の共同生活と認められる事実関係を成立させようとする合意があり、かつ、昭和二八年ないし同二九年ころから長期間にわたつてその事実関係が存続していたものと認められるので、「届出をしていないが、職員の死亡当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」として、前記条例第一一条所定の第一順位の配偶者に含まれるものというべきである。
 三 原告らは、Aには婚姻の届出をした配偶者Bがいるので、亡Dとは重婚的内縁関係にあたり、かかる関係にある者を配偶者として保護の対象にすべきではないと主張する。なるほど、一般的には、法令によつて保護される内縁には、重婚的内縁など反倫理的な関係である場合を包含させないものと解すべきであるけれども、現実の夫婦共同生活の保護を目的とする所謂社会立法の場合には、届出による婚姻関係がその実体を失つて全く形骸化しており、他方、内縁関係が現実の夫婦共同体を構成し社会的にも認められているような場合には、形式的には重婚的関係にあたるとしても、その内縁関係を保護すべきものと解すべきところ、前記一認定の事実によれば、AとBの間には、昭和二八年ころ以来、夫婦共同生活と認められる事実関係は全く存在せず、かつ、両者間にその事実関係を回復しこれを維持しようとする意思は全くなく、従つて、両者間の婚姻関係はその実体を失つて全く形骸化していたもので、他方、Aと亡Dの生活共同体は現実の夫婦関係を構成し、社会的にも(私通関係としてではなく)夫婦として認められていたのであるから、かような場合、Aが重婚的内縁関係にある者であつても、同人の内縁関係は保護に価するものといわなければならない。とりわけ、前記条例によれば、死亡による退職金は同条例に定める者がその順位にしたがつて支給を受け、受給権自体は相続の対象とされていないこと、死亡した者の収入によつて生計を維持していたか否かによつて支給を受ける順位に著しい差異が設けられていること、などからして、死亡による退職金の受給権者については、死亡した職員と現に生活を共にし、主としてその収入によつて生計を維持していた者を厚く保護する趣旨であることが窺われるので、前記の事情にあるAを条例第一一条の配偶者に含ませて、同条例を適用するのが相当と認められるから、原告らの右主張は理由がない。
 以上によれば、Aは条例第一一条所定の配偶者として退職手当を受ける第一順位に該当するものと認められるので、亡Dの兄弟姉妹である原告らに亡Dの退職手当の受給権はないものと解さざるをえない。