全 情 報

ID番号 03440
事件名 地位保全等仮処分申請事件
いわゆる事件名 モービル石油事件
争点
事案概要  刑事事件で逮捕勾留され長期間就労できないことを理由とする試用社員の解雇の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法2章
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 逮捕・拘留
労働契約(民事) / 試用期間 / 本採用拒否・解雇
裁判年月日 1976年3月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ヨ) 2264 
裁判結果 却下(控訴)
出典 時報817号113頁
審級関係 控訴審/00802/東京高/昭52. 9.29/昭和51年(ネ)1108号
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇事由-逮捕・拘留〕
 就業規則および労働協約の前記各規定にいう「業務(に)不適当」とは、これらが試用期間中の従業員の解雇に関する規定中の文言であることに鑑み、当該従業員の試用期間中における勤務の状態ないし成績から判断して、その従業員につき雇用契約に基づいて定められた業務を債務の本旨に従って確実に履行するに足りる能力ないし適性がないと認められる場合を意味するものと解するのが相当である。しかしながら、試用期間中の従業員に右のような能力ないし適性がないというのは、単に、当該従業員の知識、技能、体力等の執務能力がないかまたはこれが劣っているため、その従業員につき債務の本旨に従った業務の履行を期待することができないと認められる場合を指すのみならず、当該従業員の知識、技能、体力等の執務能力の有無ないし優劣はともかく、その従業員が、試用期間中に、労務の提供を拒否すべき正当な理由(例えば、雇主である被申請人が賃金等の支払債務を履行しないとか、その従業員の所属する労働組合が雇主に対する争議行為としてのストライキをしているなど理由)がないのにかかわらず、長期間欠勤するとか、断続的に欠勤を繰り返すなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も所定の勤務時間および勤務場所において確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合をも当然に含むものと解すべきである。けだし、従業員が雇用契約によって定められた勤務時間および勤務場所に確実に出勤して労務の提供をすることは、従業員の最も基本的な義務であり、雇主も、この義務が確実に履行され、従業員の執務能力を計画的に活用しうることを期待して雇用契約を締結するのであって、従業員がまずこの義務を確実に履行しないかぎり、その従業員がいかに優れた知識、技能、体力等の執務能力を有しているとしても、これを十分に発揮することができず、雇主も雇用契約を締結した目的を達することができないのであるから、従業員が試用期間中に正当な理由なく長期間欠勤するなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合をも、前記各規定にいう「業務(に)不適当」の中に含め、そのような場合も試用期間中の従業員の解雇事由となしうるものと解するのが相当であるからである。
 なお、当然のことながら、従業員が長期間欠勤するなどして確実な労務の提供をしない場合には、その従業員がいかに優れた知識、技能、体力等の執務能力を有しているとしても、これを十分に発揮することができないのであり、雇主もその従業員の執務能力を有効に活用することができないのであるから、右に述べたとおり、従業員が試用期間中に正当な理由なく長期間欠勤するなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合には、それ以上に、その従業員の知識、技能、体力等の執務能力の有無や優劣を問題にするまでもなく、その従業員は「業務(に)不適当」であると認め、その従業員を解雇することができるものと解すべきである。
〔労働契約-試用期間-本採用拒否・解雇〕
 試用期間中の従業員の長期間欠勤などの理由が刑事事件による逮捕、勾留である場合について考えるに、刑事事件による逮捕、勾留が、その刑事事件に直接関係のない雇主に対する関係において、労務の提供を拒否すべき正当な理由となりえないことはいうまでもない。また、刑事事件による逮捕、勾留が、当該従業員の有責な犯罪行為に起因するものであり、かつ、逮捕、勾留の要件も具備したものである場合には、たとえ逮捕、勾留自体はその従業員の意思や予測に反するものであっても、その逮捕、勾留による長期間の欠勤などが不可抗力ないし従業員の責に帰すべからざる事由によるものであるといえないことは明らかである。さらに、このような逮捕、勾留による長期間の欠勤などを、就業規則および労働協約の前記各規定の適用上、その他の理由による長期間の欠勤などと区別して、免責事由やその立証責任について、従業員に利益に、したがって雇主である被申請人に不利益に解すべき合理的理由も考えられない。したがって、右の第4項および第5項において述べたところは、試用期間中の従業員の長期間欠勤などの理由が刑事事件による逮捕、勾留である場合にも、そのまま妥当するものと解すべきである。すなわち、試用期間中の従業員が刑事事件により逮捕、勾留されて長期間欠勤するなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合には、その逮捕、勾留による長期間の欠勤などが当該従業員の責に帰することのできない事由(例えば、その逮捕、勾留が人違いによるものであるとか、その勾留が刑事訴訟法第六〇条所定の要件を具備していないものであるなどの事由)によるものであることの立証のないかぎり、その従業員の知識、技能、体力等の執務能力の有無ないし優劣を問題にするまでもなく、その従業員は「業務(に)不適当」であるとして、その従業員を解雇することができるものと解すべきである。