全 情 報

ID番号 03447
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 田中徳産業事件
争点
事案概要  業務災害による療養中、労基法一九条違反の解雇通告を受け、そのショックで胃潰瘍を併発してショック死亡した事件につき、右の死亡についての不法行為は認めたが、労基法一九条違反の解雇自体を独立の不法行為とは認めなかった事例。
参照法条 労働基準法19条
民法709条
体系項目 解雇(民事) / 解雇予告 / 解雇予告違反と不法行為
裁判年月日 1976年5月24日
裁判所名 大津地
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ワ) 168 
裁判結果 (確定)
出典 時報833号100頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇予告-解雇予告違反と不法行為〕
 四、前二項(一)に認定の事実に前三項掲記の各鑑定意見と証人Aの証言とを総合すると、Bの胃潰瘍の発生、増悪、死亡は、本件労災事故そのものから直ちにそれが引き起こされたものと認めることは困難であるけれども、本件労災事故以前から潰瘍発生素因を保有していた同人が、本件骨折治療のためギブス固定を受けたことで急性胃拡張症状を起こし、これに引き続き長期のギブス固定に伴う食欲不振、運動不足等によって、数ケ月に亘り、平常と異る負担と刺戟を胃にもたらしたうえ、一〇月頃からは再手術の不安という精神的ストレスを受けたために潰瘍の発症を促し、そこへ二月初めに受けた解雇の通告と迫りくる再手術の不安のため、そのストレスはますます増大し、ためにこれを急激に悪化させて、吐血死亡にまで至らしめたものと認めるのが相当である。
 すなわち(1)前掲乙第二号証には、そもそも外傷性胃潰瘍というものが存在しないと指摘されているとともに、前認定の事実からはトラックからの落下により、直接、間接とも胃部に外的衝撃が加わったことが認められず、また大腿骨骨頚部骨折の傷害自体から胃潰瘍が引き起こされるとは到底考えられない(甲第三、四号証中にはこの点につきやや肯定的指摘も存するが、それはそれに伴う治療行為による身体への影響を介してのことと考えられる。)ので、労災事故そのものから直ちに引き起こされたとは認められないとともに、(2)この時期におけるBの胃潰瘍の発症、増悪と死亡にまで至った経過を、前掲各鑑定意見と証人Aの証言とに照らし判断すると、そこに一点の疑義も許されない自然科学的証明度をもって前記の様に結論することはできないにしても、なお自然的経験則からは高度の蓋然性をもって、前記の様に把握し得ることができ、その認定が被告援用の最高裁判所の判決の許容する範囲を逸脱するものとも思えない。
 五、するとBの胃潰瘍の発症、増悪、そして死亡の結果は、本件労災事故との関係ではいわゆる事故による傷害治療中の併発余病の問題として、事故との相当因果関係の有無が検討されることとなるが、前記のとおり、本人に胃潰瘍(余病)発症の内在的素因があって、これが骨折治療のための必然的治療行為に随伴して発症したものであり、且つその引き金となったと認められる急性胃拡張の発症は、ギブス固定によってしばしば起こり得る故障であり、またもう一つの、よりはっきりした引き金である再手術の不安による精神的ショックは、それ自体、当初の手術の不全という点で医師の過失の競合が問題となるにせよ、事故による傷害それ自体に起因することがあって、そこに他の不可抗力的要因の介在も認められない本件においては、本件事故とその治療中に発症した本件胃潰瘍との間には、単に条件的因果関係に止らず、相当因果関係も認められるものといわなくてはならない。
 そして、一旦胃潰瘍の発症を見た場合、本件の如く急激な悪化によって吐血死亡に至ることもまた決して予測できない不可抗力事故ではないと認められるので、次いで死亡の結果も事故と相当因果関係があると認めざるを得ない。この点、解雇通告による精神的ストレスが死亡(急激な増悪)の一因をなしていることも認められるが、それは単に結果に対する競合原因であるに止り、それによって、右事故と死亡の因果関係が中断されるものとは認め難い。
 よって、本件労災事故そのものについて民法七一五条による使用者責任を有する(そのことは当事者に争いがない)被告Yは、右責任範囲としてBの胃潰瘍の発症、死亡の結果生じた損害についてもこれを賠償すべき義務が存する。
 (中略)
 ところで、本件解雇通告については、前記のとおり死亡の結果に対する関係では被告Yにその予見可能性はなく、法律的に独立した不法行為性を認め難いけれども、被告Yは事故につき使用者責任を持つとともに、Bの雇主として、本件労災事故についてはその損害不拡大に意を用いるべき立場にあり乍ら、前認定の様にBの症状を医師につき確認せず、主観的にずる休みと決め込んだ結果、労基法違反の解雇をしてしまって、これが被告Yの予見しないところにせよ、死の結果に影響を及ぼしたのであるから、同人に本件事故による死亡の結果についての使用者責任を問う場合、その慰藉料算定事由に右解雇通告の点を、それが違法であったとの評価とともに参酌すべきものとして、前記のとおり算定した。