全 情 報

ID番号 03575
事件名 地位保全等仮処分異議事件
いわゆる事件名 西日本鉄道事件
争点
事案概要  バス運転手に対する所持品検査を定める就業規則は公序良俗に反するものではないが、所定の手続を経ず一〇〇〇円一枚を所持していたことにつき、私金の証明がついたと同視しうるとして、懲戒解雇が無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法90条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 所持品検査
裁判年月日 1973年5月31日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 昭和47年 (モ) 353 
裁判結果 認容(控訴)
出典 時報726号101頁
審級関係 控訴審/01795/福岡高/昭50. 2.26/昭和48年(ネ)347号
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-所持品検査〕
 就業規則六〇条一三号の規定が、乗車賃を適正に管理し乗務員の不正を防止するためにあることからすると、乗務員は私金の証明をすることに代えて公金(料金等)でないことの証明をもって足りると解すべきである(多くの場合この証明は同じことであるが、本件の場合のように秘かに他から入れられたと主張するときは実益がある。)。そして諸般の状況から公金でない可能性が大きいとみられるときは、実質的に公金でないことの証明がなされたのと同一の評価を与えるのか、就業規則六〇条一三号の前記目的に合致する所以であるものというべく、ひいては就業規則六〇条一三号の「私金の証明がついた」のと同視すべきであり、同条号を右のように解するかぎり従業員に苛酷な結果をもたらすことはないから、同条号を民法九〇条に違反して無効であるとする申請人の主張は採用することができない。
 (中略)
 (二) 以上認定の事実を前提にして本件一、〇〇〇円札が就業規則六〇条一三号にいう「私金の証明がつかない金銭」に該当するか否かを検討するに、まず本件一、〇〇〇円札が私金、公金のいずれかであるかを積極的かつ断定的に証明するに足りる資料は本件においては存在しない(申請人は本件前日の五月一四日晩営業所浴場において入浴中、更衣室の壁にかけていた申請人の上衣胸ポケットに何者かが秘かに挿入したと主張するが、これを認めるに足りる疎明はない)。そうなると、前説示のように同条号の適用においては、諸般の状況から本件一、〇〇〇円札が公金でない可能性が大きいとみられるときは、実質的に公金でないことの証明、すなわち私金の証明がなされたのと同一の評価を与えるべきである。勿論、被申請人の主張するように、可能性の大小ということは不確定な判断基準であることは否定できない。しかしながら、使用者の直接の監督を受けることなしに単独で乗車料金あるいは両替金などの現金の収納取扱いに従事するワンマンバス運転手という業務の性質あるいは前認定のとおり料金の不正抜取りいわゆるチャージの事例が後を絶たないという特殊の事情はあるが、本来労使関係は使用者、従業員間の信頼関係を抜きにしては成立し得ないものであり、被申請人の行なう乗務員に対する所持品検査も止むを得ないいわば必要悪として認められるものである以上、「私金の証明がつかない」という規定を文字どおり厳格な文理解釈をもって適用し、かつ労働者にとっては極刑に等しい懲戒解雇をもって律することは、労働者に認められた基本的人権を侵害するおそれなしとしない。本来懲戒解雇事由は使用者側にその立証責任があるのであるから、その例外的場合を規定する本条号の規則の適用においては、当然その立法の趣旨目的からする機能的合理的解釈がなされなければならない。そうであるとすれば、本件のように私金、公金いずれとも積極的に証明できないような場合、労働者側が立証責任を負う私金であるというテーマに代わる公金でない可能性が大であるとみられるときは、実質的に公金でないことの証明すなわち私金の証明がなされたことになるのであって、これを否定するためには使用者側に公金である可能性が大なることを反証する必要があり、右反証のないかぎり、本条号の適用においては私金の証明がついたものと解される。これを本件についてみるに、申請人が所持していた本件一、〇〇〇円札が、申請人によって乗務中不正に取得された料金すなわち会社の公金であると仮定した場合、想定され得る取得方法は次のとおりである。すなわち、(1)料金箱ないしは金庫からなんらかの方法で直接一、〇〇〇円札を抜き取るか、(2)料金箱ないしは金庫から一、〇〇〇円相当の小銭を抜き取って貯めておき乗客が一、〇〇〇円札を出して両替を求めたとき右の小銭を乗客に渡して一、〇〇〇円札を受取るか、(3)乗客から直接運賃を受取って料金箱には入れずに一、〇〇〇円相当に達するまで手許に小銭を貯めておき一、〇〇〇円札と両替するか、(4)両替の際に釣銭のみを乗客に渡し、残った料金相当金(金種は五〇円硬貨か一〇円硬貨)を料金箱に投入せずに手許に貯めておきそれが一〇〇円近く(あるいは五〇円)貯まる毎に両替を求められた一〇〇円札(または一〇〇円硬貨)あるいは五〇円硬貨と交換し(釣銭のみを乗客に渡し)、一、〇〇〇円札の両替を求められたときに手許に貯めた一、〇〇〇円と両替交換するか(5)入手金額が一、〇〇〇円程度になるまで(2)ないし(4)の方法を組合わせ併用し、一、〇〇〇円札と両替するかであろう。申請人が右(1)あるいは(2)の方法を執ったと推定される可能性は、前記(一)4の認定事実あるいは申請人がワンマン勤務をした区間、待合わせ時間等をあわせ考えると、極めて小である。次に(4)の方法による可能性についてみるに、前認定の当日の申請人の両替精算状況からすると、その可能性は考えられない。すなわち前掲各証拠によると、申請人が三、二五〇円を両替したということは一〇〇円入り両替金袋三〇個、五〇円入り両替金袋五個が交換されたことを意味し、そのうち一、〇〇〇円札は申請人が乗客のため両替したことおよび一、〇〇〇円は申請人が門司駅に待機中同僚のA運転手を両替したことが明らかであるから、申請人がかりに右(4)の方法を執ったとしたら交換済みの一〇〇円袋三〇個から右二、〇〇〇円相当の一〇〇円袋二〇個を差引いた一〇個(一、〇〇〇円)についてでなければならない。ところで申請人の勤務した区間内の最高料金は九〇円であるから、(4)の方法で一、〇〇〇円近くを入手するには少くとも一〇〇円袋一〇個以上が両替として使用される必要があり、申請人の勤務中、乗客から一〇〇円の両替を求められたことが皆無という結論になる。また、精算時に明らかとなった五〇円袋五個がこれに使用されたとすると、一〇〇円袋は八個使用されたこととなり、五〇円の両替を求められたことが皆無ということになる。そうすると、これは本件後会社が行なった申請人の乗務路線における両替金精算状況の調査の結果により認められる毎日相当数の一〇〇円札あるいは一〇〇円または五〇円硬貨が実際に両替されているという事実と著しく矛盾する。また、かりに(3)の方法を執ったとしたら、申請人の手許には金種としては一〇円と五〇円の硬貨が大部分(最高料金九〇円であるから)であろうから、これらの一、〇〇〇円近い小銭を直接一、〇〇〇円札と両替するとは通常考えられず、その前にこれらの小銭をさらに両替を求められた一〇〇円札あるいは硬貨または五〇〇円札と両替して手許に貯めておくという迂遠な方法を執らねばならず、極めて煩瑣であり、かつワンマンバス運転手のチャージ事件ということは新聞などの報道を通じて一般人にも相当程度知れ渡っていたのであるから、特に後記一〇〇円事件に関係した申請人として、あえて乗客の眼前での手渡しという危険を冒してまでかかる方法を執るであろうか、その可能性また極めて小である。次に右(2)ないし(4)の方法を組合わせ併用する(5)の方法について考えるに、前記のように(2)ないし(4)の各方法については、本件の場合いずれもその可能性を想定しがたい事情があり、しかも入手小銭をさらに手渡し式により両替するという煩瑣、迂遠性および乗客に怪しまれるという危険性を冒してまで申請人がかかる方法を執ったという可能性も極めて小である。
 (三) 右認定事実に加うるに、申請人の当日の運行区間では一日で一、〇〇〇円札一枚を抜き取ることは、不可能とまではいえないとしても、著しく困難であること、乗客その他第三者から抜き取り等の不正行為が通報された形跡はないこと、被申請人も申請人が具体的にどのようにして一、〇〇〇円札を抜き取ったかにつき調査しておらず、したがって公金であるとの確証はつかんでいないこと、申請人は本件当日乗車前の私金確認を不十分にしか行わなかったので、それ以前なんらかの経路で胸ポケットに入った一、〇〇〇円札が看過された可能性もありうること、等の事実を総合すると、本件一、〇〇〇円札は公金でない可能性が非常に大きいものといわざるを得ない。
 そして、本件においては、本件一、〇〇〇円札が会社の公金である可能性が大であることについてこれを窺わせるに足りる疎明はないのであるから、申請人において既に公金でないことの証明がなされたものというべく、就業規則六〇条一三号の適用においては「私金の証明がついた」といわざるを得ない。
 (四) よって、その余の争点について判断するまでもなく、申請人が本件一、〇〇〇円札を携帯していたことをもって、就業規則六〇条一三号を適用して申請人を懲戒解雇に付することはできないものというべきである。