全 情 報

ID番号 03581
事件名 地位保全等仮処分申請事件
いわゆる事件名 日本放送協会事件
争点
事案概要  首相訪米阻止闘争により逮捕・勾留・起訴されたことによる放送会社プロデューサーに対する起訴休職処分につき、保釈によって休職の効力が失なわれたとされた事例。
 就労請求権につき、雇用契約等に特段の定がある場合を除き認められないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
民法623条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 就労請求権・就労妨害禁止
休職 / 起訴休職 / 休職制度の合理性
休職 / 起訴休職 / 休職制度の効力
裁判年月日 1973年7月11日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ヨ) 616 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 タイムズ300号333頁
審級関係
評釈論文 水野勝・季刊労働法90号121頁
判決理由 〔休職-起訴休職-休職制度の合理性〕
 (一) 起訴休職処分の合理性の一般的根拠
 (1) 一般に、労働者が刑事事件について起訴された場合、刑事裁判においては有罪判決が確定するまで無罪の推定を受けるものの、起訴された事件の大半が有罪となる我が国の刑事裁判の実情の下では、当該労働者は相当程度犯罪の嫌疑が客観化されているとの社会的評価を免れない。
 従つて、当該労働者の企業内における地位、担当業務の内容、公訴事実の具体的内容、罪名および罰条の如何によつては、その者が現に職務を執行していることにより職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼし、企業の信用を失墜する場合が生じうるため、暫定的に当該労働者の就労を停止する必要性を生ずる。
 (2) また、右労働者は、起訴にともない原則として公判期日に出頭する義務を負い、一定の事由があるときは勾留されることもあり勾留された場合はもとより、勾留されていない場合においても公判期日に出頭する際は、労務の提供をなしえない状態となり、仮に当該労働者が公判期日に出頭するため有給休暇を使用したとしても使用者としては、時季変更権の行使に重大な制約を受け、労働力の適正な配置を基礎として行われる企業活動の計画と施行とに障害をもたらす結果となることがある。
 従つて、使用者は、労働者の確実な労務の提供が期待できない状態の継続する公判審理の期間中、暫定的に当該労働者の就労を停止する必要性を生ずる場合がある。
〔休職-起訴休職-休職制度の効力〕
 (2) 次に前記四〇条一項によれば、その文言上一度有効な起訴休職処分が発せられた場合その処分は刑事事件が裁判所に係属中有効に存続するが如きである。
 しかしながら、起訴休職処分制度の合理性の一般的根拠および右処分が前記のとおり被処分者に対し少なからぬ不利益を生じさせるものであることを併せ考えると、一旦有効に起訴休職処分がなされた場合であつても、被処分者の処分発令後の事情変更、例えば、勾留中の者が保釈されたとか、刑事事件において訴因変更、罰条変更等により起訴事実およびその評価に変化が生じた場合等によつて起訴休職処分を存続さすべき合理性が喪失するに至る場合の生ずることがあることは当然考えられることがある。そうとすると、このような場合にまで、前記就業規則四〇条一項により起訴休職処分の存続を認めることは制度の趣旨、目的を逸脱し、妥当とはいい難い。従つて同項は単に起訴休職処分の最長期間を定めたもので、前述のように起訴休職処分の存続の合理性が喪失した場合には、同処分の効力が当然消滅すると解するのが合目的的である。
 (中略)
 (4) しかして、申請人は本件処分を受けた当時勾留中であり、しかも何時身柄が釈放されるか不確実であつたことが窺えるから、被申請人に対し労務を提供しえない状態にあつたことはいうまでもない。従つて、本件処分は、すくなくとも処分発令時点においては前記起訴休職制度の合理性の一般的根拠(2)にかんがみ、適法であつたというべきである。
 しかしながら、申請人が保釈されて被申請人に出社した昭和四五年三月三一日以降、申請人は被申請人に対し労務を提供しえ、その提供の状況も前記のとおり不安定ではなかつたのであるから、右同日以降本件処分はその存続の合理性を喪失し、同日をもつてその効力が消滅したものと解すべきであることは、前記八(二)(2)に説示した理由よりして明らかである。
 もつとも、〈証拠〉によれば、就業規則四一条は「第三九条第一項第一号または第二号により休職を命じた職員については、休職の事由が消滅したときは、復職を命ずることがある。」と規定されていることが一応認められる。
 右規定によれば、復職を命ずるか否かは被申請人の裁量に任されているようにも解されるが、前記起訴休職処分の合理性の一般的根拠および右処分が被処分者に対し少なからぬ不利益を生じさせるものであることを考慮するならば、右規定中起訴休職にかかる部分は休職の事由が消滅したとき、原則として復職させるとの趣旨を注意的に規定したにすぎないと解すべきであり、従つて、右復職命令がないからといつて、起訴休職事由が消滅した職員の復職を拒否することはできず、右職員は右復職命令の有無にかかわらず復職したものと取り扱われるものと解するのが相当である。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-就労請求権・就労妨害禁止〕
 九 就労請求権について
 雇用契約は、労働者の提供する労務と使用者の支払う報酬とを対価関係にかゝらせる双務契約であつて、労働者の労務提供は義務であつて権利ではないから、個別的雇用契約あるいは労働協約等に特別の定めがある場合は労務の性質上特別の合理的利益を有する場合を除いて、労働者に就労請求権はないものと解すべきであり、申請人については右各場合に該当する事実を認めるに足りる疎明は存しないので右権利は認めえず、右に反する申請人の主張は採用できない。