全 情 報

ID番号 03662
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 松下電器産業事件
争点
事案概要  首相訪米阻止闘争に参加して、兇器準備集合罪および公務執行妨害罪で起訴されたことを理由として現場工員である従業員に対してなされた起訴休職処分の効力が争われた事件で、右処分により就労を拒否されている従業員が就労させることも合わせて求めた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 就労請求権・就労妨害禁止
休職 / 起訴休職 / 休職制度の合理性
休職 / 起訴休職 / 休職制度の効力
裁判年月日 1971年1月19日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 昭和45年 (ヨ) 1871 
裁判結果
出典 労働民例集22巻1号1頁/時報623号102頁/タイムズ259号125頁
審級関係
評釈論文 下井隆史・季刊労働法80号111頁/秋田成就・判例タイムズ263号95頁/青木宗也・労働法の判例〔ジュリスト増刊〕75頁/萩沢清彦・判例評論149号41頁
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-就労請求権・就労妨害禁止〕
〔休職-起訴休職-休職制度の合理性〕
〔休職-起訴休職-休職制度の効力〕
 (一) 私人間の労使関係におけるいわゆる起訴休職制度は次の理由からその合理性を認めることができる。
1 起訴は、刑事訴訟の手続からみると有罪判決のあるまでその事実について無罪の推定を受けるが、社会的にみると起訴事実のうち大半が有罪となつている刑事裁判の実情からして犯罪の嫌疑が相当程度客観化したものとの評価を免れず、したがつてその社会一般に及ぼす影響を無視することができない。これを私企業内部における労使関係としてみると、起訴事実の種類、態様と被告人である従業員の企業内における地位および担当職務とのかかわり合い如何によつては、起訴ということそれ自体からして対外的には企業の信用を失墜し、対内的には職場秩序の維持に障害を及ぼす事態を生じ得るのであるから、右対内外両面に及ぼす悪影響を阻止し、かつ企業の社会的責任を明確にする意味からして、当該従業員を暫定的に企業から排除する必要性を生ずる場合があるものということができる。
2 また起訴は、略式命令の請求によつてなされ通常の公判審理に移行しない場合を除き、その余はじ後の公判審理を伴うものであり、軽微な犯罪あるいは審級によつては被告人に出頭を義務づけていない場合もあるが、特に一審においては、身柄拘束の有無はともかくとして、原則として公判期日における出頭を義務づけているのであるから、右拘束の場合においてはいうまでもなく、不拘束の場合といえども右出頭に当つて、企業は当該従業員からの労務の提供を期待できない状態となり、仮に従業員において年次有給休暇を使用するとしても使用者としての時季変更権の行使に重大な制約を受ける結果となることからすると、労働力の適正な配置を基礎として行われる企業活動の計画と施行とに障害をもたらす結果となるものである。したがつてこの点からしても企業は右労務の確実な受領を期待できない状態の継続する公判審理の期間中、当該従業員を暫定的に企業から排除する必要性を生ずるものということができる。
 (中略)
 およそ企業内でその名誉と信用とを象徴するような地位にある者ないしはそれに準ずる者であつた場合においては、起訴事実が企業外における職務と無関係な非破廉恥的なものであつたとしても、その企業内外に及ぼす影響の大きさはその他一般の従業員の場合とは比ぶべくもないものと考えられるから、その従業員に対して休職処分に付する合理性を肯認し得るであろうが、単に機械的肉体的な労務を提供するにすぎない末端の従業員である場合、これを企業の信用の保持と職場秩序の維持という観点に限定してみる限り、起訴ということだけから直ちに休職処分に付して暫定的に企業から当該従業員を排除する合理性を認め得ない。
〔休職-起訴休職-休職制度の合理性〕
〔休職-起訴休職-休職制度の効力〕
 会社の申請人に対してなした本件起訴休職処分は、申請人が勾留され、かつそれに伴う申請人側の事情によつて会社に対して労務の提供をなし得なかつた間に関する限りにおいて有効であるものということができるが、それを超えてなされた部分については会社の就業規則五五条一項七号所定の起訴休職の規定の適用を誤つたものとして無効というべきである。したがつて本件起訴休職処分については昭和四五年四月二六日までの間においては有効であるが、翌二七日以降は無効であるから、申請人は同日以降の休職処分についての無効確認とともに、会社に対し右無効期間中申請人を就業規則その他の定めるところに従つて他の従業員と同様に取扱うことを求め得べき権利を有するものと認めることができる。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-就労請求権・就労妨害禁止〕
 雇用契約は、既に述べたとおり、労働者の提供する労務と使用者の支払う報酬とを対価関係にかからせる双務契約であり、労働者の労務の提供即ち就労は義務であつて権利でないから、個別的雇用契約あるいは労働協約等に特別の定めがある場合、または労務の性質上特別の合理的利益を有する場合を除いて、労働者に就労請求権はないものと解すべきである。ところで本件において申請人については右各場合に該当する事実を認めることができないので、右権利はこれを認め得ない。
 (中略)
 申請人は会社の従業員であるとともに右従業員で組織した労働組合の組合員であり、本件起訴休職処分によつて組合員としての資格には何らの影響をも受けていない事実が疎明されるから、右組合員としての立場において会社に対しその資格に基づく権利を主張できるものといわねばならない。ところで更に一件記録によると、申請人の所属する労働組合は企業内組合であるから、その組合員としての活動の場所的範囲も原則として会社内であり、申請人が現実に配置されている電機事業部製造部生産技術課冶工具係は電機事業本部構内にあり右構内に組合電機支部の事務所が設置されている事実が疎明されるので、申請人は会社から就労を拒否されていると否とにかかわらず組合員としての地位に基づき右構内に入構する権利を有するものと認めることができる。そして右入構権の範囲は、組合員としての権利の行使が所属組合内部における同調勢力の拡大にも及び、そのためには組合員との接触を不可欠の要件とすることを考慮するとき、就業時間中における他の従業員の職務専念義務を侵さない限度において認められるものであつて、単に組合事務所を使用する限度において認められるものとは考えられない。もつとも起訴休職処分が有効である場合には右処分が会社内において起訴された従業員と一般の従業員との接触の遮断を目的とする一面のあることを否定できないので、前記組合員としての権利の行使もその点からの制約を受け入構権の範囲も組合事務所の使用の限度で認められるにすぎないものと考えられるのであるが、本件においては既に認定のとおり会社の申請人に対する起訴休職処分は昭和四五年四月二七日以降無効であるからその入構権の範囲も前記のとおり就業時間中における他の従業員の職務専念義務を侵さない限度において認められるものであつて、これを具体的にいえば、少なくとも休憩および始業前、終業後の各時間を除く現実の就業時間中に作業現場に立入ることを除く限度において認められるべきものといわねばならない。