全 情 報

ID番号 03683
事件名 地位保全仮処分申請事件
いわゆる事件名 麹町学園事件
争点
事案概要  私立女子中学校の試用期間中の教諭に対して、礼儀の常識をわきまえず、言語表現・対人態度が粗野、ノーネクタイ等を理由としなされた解雇につき、権利濫用にあたり無効とされた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法1条3項
体系項目 労働契約(民事) / 試用期間 / 本採用拒否・解雇
解雇(民事) / 解雇事由 / 職務能力・技量
解雇(民事) / 解雇事由 / 人格的信頼関係
裁判年月日 1971年7月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和43年 (ヨ) 2254 
裁判結果 認容(控訴)
出典 時報639号61頁/タイムズ266号210頁
審級関係
評釈論文 加藤俊平・判例評論156号2頁/川上勝己・教育判例百選46頁/大沢勝・季刊教育法7号94頁/萩野芳夫・季刊教育法3号131頁
判決理由 〔労働契約-試用期間-本採用拒否・解雇〕
 本来試用期間を設ける理由は、労働者を職場で現実に稼働させることによって、労働者の能力や勤務状態などを実証的に検討し、従業員としての職業上の適格性を価値判断することにあるから、使用者に解雇権が留保されているといっても、解雇権の行使には、この目的からする内在的な制約があって、その恣意的な行使は許されない。しかも《証拠略》によれば、被申請人の就業規則は、第二四条に懲戒解雇の規定を設けているが、第二八条においては、懲戒解雇された者および試用中退職した者には、退職手当その他一切の手当を支給しない旨を定めて試用中の解職の効果を懲戒解雇のそれと同様に懲罰的なものとして取り扱っていることが認められるから、試用者に対する解雇は、相当な事由ある場合にだけなしうる建前と思われる。そうすると被申請人に留保された解雇権は、それ程大幅なものではなく、社会通念上の合理的かつ客観的な基準に照して、申請人が教諭としての適格性を欠如していることが明白な場合にだけ、行使を許されるものと解すべきである。
〔解雇-解雇事由-職務能力・技量〕
〔解雇-解雇事由-人格的信頼関係〕
 以上のとおり、申請人が教師として不適格であることを認めるに足りない。もっとも前認定によれば、申請人においても反省を求められる点が絶無とはいえない。しかし、いずれも教師としての本質的能力に関係のない些細なことであるから、これらを総合して判断しても申請人の教師としての不適格性を認めることはできない。世に完全無欠な者は存在しないから、教師といえども、言動・服装等において完ぺきを要求されるものではない。特に申請人は、大学を卒業して教諭として第一歩を踏み出したばかりの青年教師である。この段階で完成した教師を律するような厳格な基準をもって、教師としての適格性を判断するならば、それに合格する者は暁天の星の如くりょうりょうたるものとなろう。そうした基準は、将来の完成を指向する試用中の教師の職業的適格性の判断について客観的合理性あるものとはいえない。こうした事情を斟酌し、前認定の一切の事情を評価すれば、申請人に教師としての適格性なしとはいえない。したがって、本件は、先に説示したところの就業規則上被申請人に留保された労働契約解約権を行使しうる場合には当たらない。
 申請人は、新規採用で試用期間中の教諭である。少しでも非難すべき行為があるならば、校長や先輩教師が注意し指導すべきが当然である。いかなる社会においても、先輩による後進の指導育成は重要であり、それなくして個人の職業的能力の進歩はありえない。注意指導し、なおかつ矯正不能の非難があるならば、学園からの排除もやむを得ないであろうが、《証拠略》によれば、申請人は被申請人の主張する事実について一度も、校長や先輩教師から注意を与えられたことがない。それなのに被申請人は、突如として本件解雇の挙に出た。しかも、その解雇の理由として述べるところは、その多くが根拠薄弱のものであり、残るものも教師としての不適格性を首肯させるのには程遠いものである。そうすると、本件解雇の意思表示は、合理的理由もなく、申請人から教諭としての地位を剥奪し、申請人を困惑させる以外の何物でもないということになるから、権利の濫用として、無効と認めざるを得ないのである。