全 情 報

ID番号 03688
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 昭和石油事件
争点
事案概要  製油所に勤務する従業員を中央技術研究所へ研究要員として転勤させたことにつき、親族に療養生活中の者があるとしても、「会社は、業務の都合により、本人の生活事情を参酌して組合員に転勤を命ずる」旨の労働協約に違反するものではなく、また人事権の濫用にもあたらないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法1条3項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
裁判年月日 1971年8月3日
裁判所名 津地
裁判形式 決定
事件番号 昭和46年 (ヨ) 64 
裁判結果
出典 労働民例集22巻4号691頁
審級関係
評釈論文 籾山錚吾・ジュリスト526号138頁
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の限界〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用〕
 被申請会社において、従来申請人主張のような同意のない転勤命令はなされないとの労働慣行があつたことを認めるに足る疎明はない。
 ところで、疎甲第一一号証によると、労働協約第二一条第一項には、「会社は、業務の都合により、本人の生活事情を参酌して、組合員に転勤を命ずる」旨の定めがあることが認められる。右規定の趣旨は、会社が転勤を命ずるに際しては本人の個人的な私生活上の事情にも配慮すべく、これを濫用してはならない旨を規定したものと解せられるが、会社の発した転勤命令が右協約に違反し、或いは人事権の濫用となるか否かは、要するに個別的な転勤命令に際しての会社の業務上の必要性と本人の個人的な私生活上の事情との比較考量によつて、当該転勤命令が労働者の生活関係に重大な影響を与えずにはおかないことから認められる合理的な制約に違反するか否かによって決せらるべきものと解する。
 そこで、申請人の個人的事情について検討してみるに、疎甲第六号証の一二、同第一二号証の六ないし八同第一三、第一四号証、A、申請人本人各審訊の結果によれば、申請人の妹Bは、スモン病の疑いのある慢性膵炎により昭和四二年から療養生活を続け、現在母Aと二人で伊勢市に借家住いをして通院加療中であること、母Aは低血圧症候群に罹患していること、申請人は右二名の生活の援助のため、毎月一五、〇〇〇円を送金していること、申請人の妻Cは昭和四六年四月一八日次女を出産したが、その後身体の調子がすぐれず、同年七月一五日ころには発熱したこともあること、また申請人が現在住んでいる住宅は、被申請会社からの借入金等を資金として購入された申請人の持家であることが認められる。しかし他方、A、申請人本人、D、E各審訊の結果、疎乙第一号証の一同第七、第一一号証によれば、妹Bの病状は近時やや快方に向い、婚約者も決り、今秋には再婚したいという話もあること、母親の病状については昭和四五年一二月から同四六年四月にかけこの母親を被扶養者とする組合健康保険による母親の診療実績が皆無であることが認められ、右事実からすれば右両名の現在の病状は緊急性を要するような状態にあることは認めがたく、また前記証拠から、申請人の右両名に対する今迄の援助の態様が主として送金による金銭的なものであつたこと、また伊勢市には真珠の加工、販売を自営する実兄も住んでいることが認められるので、以上の事実をあれこれ総合して判断すれば右母親と妹の病気に対する関係では、申請人が現在地を離れることによる支障は、肉親の別離に伴う通常の精神的苦痛以外には格別のものはないものと認められる。また妻の病気については、同女の病気が将来とも場所的移動を困難ならしめるようなものとは認め難いので、病いの回復をまつため、同女が新勤務地への出立を若干遅らせることとなつて、そのため暫く申請人との別居生活を余儀なくされることはあるかもしれないが、右妻の病気のため申請人の転勤に支障を生ずるものとは認め難い。また住宅については、疎乙第一一号証、E審訊の結果によれば、新勤務地においては川崎市に社宅が用意されており、また現住居地の持家については、申請人の相続があれば、被申請会社においてその管理につき責任をもつ意向であることが認められるので、住宅関係についても本件転勤による格別の支障があるものとは認め難く、この他には転勤に支障を生ずるような申請人の家庭事情の疎明はない。
 申請人の個人的家庭事情が以上のとおりであるとすれば、前記三の選考の経緯で認定したような被申請会社における業務上の必要性とを対比して考えると、申請人の能力を高く評価した抜擢人事ともみうる本件転勤命令が前示協約に違反するとか人事権の濫用になるほどに申請人の個人的私生活上の事情を無視した措置であるとは認められない。