全 情 報

ID番号 03691
事件名 違約金請求事件
いわゆる事件名 扇交通事件
争点
事案概要  タクシー会社を会員とする乗用旅客自動車協会が運転者移動防止に関する業者間協定を制定し、会員相互の運転手の引抜き禁止および違約の定めをした場合、右協定は引抜防止の範囲内において有効であり、協定違反を理由とする違約金請求が認められた事例。
参照法条 労働基準法22条
日本国憲法22条
民法90条
体系項目 労働契約(民事) / 強制貯金・社内預金
裁判年月日 1971年8月18日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和41年 (ワ) 2720 
裁判結果 一部認容・棄却
出典 下級民集22巻7・8合併号906頁/タイムズ270号330頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-強制貯金・社内預金〕
 前記【1】ないし【4】の規定上、会員会社は、会員他社からの依頼またはその円満な了解によらない限り、会員他社に現に所属している運転手についてだけではなく、会員他社を退職した後六ケ月を経過していない運転手についても、これを雇傭その他の方法で自社のハイヤータクシー運転手として使用することができない旨定められ、かつ、この定めに違背して右運転手を使用した会員会社には違約金一〇万円を会員他社に支払うべき義務が生じる旨定められているのであつて、なお会員他社の「円満な了解」が如何なる場合に与えられるべきかについて触れるところがないのであるから、これらの定めは、会員所属の運転手の退職および就職の自由が、その雇傭主の一存によつて退職後六ケ月間にもわたり奪われる結果をもたらすのではないか、さらに、本件協定の成立に右運転手またはその加入する団体の関与したことを認めうる資料のないことをも考慮すると、各会員自らの抑制によつてすべき所属運転手引抜き防止を、運転手の退職および就職の自由を奪うことによつて、行なおうとするものではないか、との疑が生じる。
 しかしながらハイヤータクシー業の経営上必須の要員たる有資格運転手の絶対数が不足しこれを養成補充するのに相当の日数および費用を要する前記認定の状況の下にあつて、前記のような態様の引抜きが行なわれることを黙過するならば、右状況を悪用して不当な利得をうる運転手の恣意を許すだけでなく、この恣意に乗じて右運転手の労力を自己の経営における有利条件の増大に用い同業者たる従前の使用者にいわれなく損害を与える一部会員の不公正な経営方法を認容し、ひいては協会所属の会員全部における経営秩序を乱しハイヤータクシーを利用する一般公衆に不利益をもたらすことにもなりかねないことが予測されるのであるから、かような事態の発生を未然に防止すべく、右のような恣意経営手段を禁止是正する本件協定の定めは正当な目的をもつものと認められる。そして右の目的に照らせば、ほんらい本件協定による規制対象は、会員会社が会員他社の被用運転手を自社に転職させる一切の行為を包含するものではなく、そのうちの「引抜き」と評価せざるをえない行為、すなわち、会員会社が会員他社の被用運転手を自社に転職させる意図の下に殊更に右運転手の現在の労働条件より有利な労働条件を提示し、または相当多額ないわゆる仕度金を交付し、その他これに類する不公正な方法を用いて右意図を実現する行為に限定されるべきであり、したがつてまた、当該運転手の転職が右の引抜きにもならない場合、その所属する会員他社において新たに就職する会員会社より右転職につき了解を求められたときは、これを拒否することは許されず、「円満な了解」を与えるべきであつて、ただ、会員他社所属運転手の会員会社への転職が会員会社より右了解を求めることなく行なわれたときは、この外形的事実から、右転職は一応右引抜きに該当するものと推定するのが前記認定の状況上妥当である、と解される。本件協定は、その表現に不十分なものがあるけれども、すくなくとも退職した運転手に関する部分を除外して考えるならば、右のような解釈を容れうるものと認められる。
 ところで違約金一〇万円は新たな有資格運転手一名の養成費相当額を基準として定められていること前記認定のとおりであつて、それは、本件協定の履行を強制しようとする役割をもつとともに、自らの負担で右運転手を養成する代りに右予定損害賠償金の支払をもつて会員他社から右運転手を獲得する方法を選択しうる余地をも会員会社に残しているものと解される。しかも本件協定は、その存続期間が六ケ月間に限定され、その適用範囲も東京都区内および三多摩地区内に営業所を有する会員に限られており、なお前示甲第七号証によれば、会員は書面による届出をもつて協会から任意に脱退しうることが協会の定款に定められていることを認めることができる。
 以上の時点をあわせ考えると、本件協定は、すくなくとも、その定めによつて規制される行為を前記解釈により限定し、かつ、退職した運転手に関する部分を除外する限り、その目的、規制の対象および方法、適用範囲等よりみて社会的妥当性を有するものと認められるのであつて、自から本件協定に服する旨約した会員相互間においてはもとより、本件協定の成立に関与しなかつた会員所属運転手に対する関係よりみても有効であると解するのが相当である。もつとも本件協定によつて、間接的にもせよ、会員所属運転手が会員間における転職を行うことについて事実上の制約を蒙ることのありうることは否定し難く、前記解釈を採つても、自己の転職が前記引抜きにあたるとの一応の推定を受け自からこれを破る必要に迫られる場合のおこりうることもまた否定し難いところであるけれども、右制約は自から会員に所属した運転手として忍受せざるをえないかつ忍受すべき限度にとどまるものであり、また右推定を破ることは必ずしも困難ではないから、会員被用運転手の蒙ることあるべきこの程度の事実上の不利益は本件協定の有効性をそこなうものではないと考えられる。なおたとい本件協定中退職した運転手につきその退職後六ケ月間の長きにわたり本件協定の適用をみるとされる部分が右運転手の転職の自由に対する合理的制約を超えるものであつて、単に同運転手に対する関係においてでだけでなく、会員相互間においても無効であると解すべきであるとしても、右部分は本件協定の他の部分と不可分の関係にあるものではないから、右部分が無効であるからといつて、直ちに本件協定全体が無効であるということはできない。
 したがつて本件協定は、すくなくとも右のような限度内においては、会員所属運転手に対する関係において、その職業選択の自由を保障する憲法第二二条に違反するものではないと解するのが相当である。