全 情 報

ID番号 03771
事件名 雇用関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 健康保険鳴門病院事件
争点
事案概要  退職願を提出したが、それが錯誤にもとづくものであるとして、あるいは右退職願を撤回したとして、従業員の身分を失ったのは解雇によるものとの主張につき、これを認容せず合意解約による契約の終了であるとした事例。
参照法条 労働基準法2章
民法95条
体系項目 退職 / 合意解約
退職 / 退職願 / 退職願と錯誤
退職 / 退職願 / 退職願いの撤回
裁判年月日 1986年9月19日
裁判所名 徳島地
裁判形式 判決
事件番号 昭和59年 (ワ) 412 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1269号17頁/労働判例485号87頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-退職願-退職願と錯誤〕
 ところで、原告は、原告が職を離れたのは被告によって解雇されたからであると主張するが、右認定の経過に照らすと、原告は自ら被告に「退職願」を提出し、被告がこれを受理することによって被告との間の雇用関係を終了させたのであり、ほかに被告が原告を解雇したとの事実を認めるに足りる証拠はない。もっとも、右認定の事実によれば、原告が「退職願」を提出するに至ったのには多分に「この際、あんたには辞めてもらいたいと思っているぐらいだ。」とのA庶務課長の言辞に触発された節がみられるのであり、不本意なものであったことは明らかであるが、そうだからといって、このことから原告が解雇されたものであるということはできない。
 三 次に原告は、原告の退職の意思表示にはその重要な部分に錯誤があると主張し、原告本人尋問の結果中には、「退職願」を提出したのはA庶務課長の言動から被告に解雇されたと思ったからである旨の供述部分がある。しかし一方、原告本人尋問の結果中には解雇と退職の違いは知っていたとの供述部分もあり、原告はA庶務課長と面談した翌日には自筆の退職願を同課長から求められたわけでもないのに、自ら進んで提出していること、病院所定の退職願の用紙に書き直すよう指示されたときも、これを拒否することなく書き直しに応じたこと及び「不本意ながら」という文言にこだわってこれを削除ないし訂正をしなかったこと、「退職願」提出の際有給休暇の消化を申し出たばかりでなく、休日出勤も代休に振り替えるよう要請したこと、その後給与や退職金を異議をとどめることなく受領したこと(原告は本人尋問において、退職金の受取りの際これを拒否した旨供述するけれども、これとてもその理由は退職金をもらうのはおこがましいからというのであり、退職の効果を争って受取りを拒否するとの意味合いを有する態度を示したものではない。)等、前認定の事実に照らすと、原告の退職はまさに不本意なものではあるけれども、その意思表示は自己に有利不利の諸事情を十分認識したうえでされたものであることは明らかであり、ほかに、退職の意思表示が錯誤によってされたと認めるに足りる証拠はない。
 また、原告は、右意思表示は原告の真意に出でたものではなく、A庶務課長もこれを知っていたと主張するが、前認定の経過に照らせば、それが不本意なものであるにしろ、「退職願」提出の当時、原告が退職の意思を有していたことは明らかであり、ほかに、原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
〔退職-退職願-退職願いの撤回〕
 四 さらに、原告は、退職の申出を撤回したと主張するが、原告からの「退職願」は被告によって受理され、原告の退職についての被告内部でのりん議決裁も行われたことは前認定のとおりである。そうすると、その後において、退職の申出を撤回し、その効果を解消するためには、一方当事者の撤回の意思表示だけでは足りず、相手方のこれに対する同意が必要であると解されるところ、原告が被告に対し退職申出を撤回する旨の申出をし、被告がこれに同意したことについてはこれを認めるに足りる証拠はない(原告は、原告の雇用保険被保険者離職票の離職理由を「自己都合による退職」から「事業主の都合による解雇」に改めることについて被告が承諾したことをもって右同意があったように主張するが、証人Bの証言によれば、これは原告に早期に保険金が支給されるようにとった便宜的な措置であって、それ以上のものではないことが認められる。)。
 以上の次第であって、原告と被告間の雇用関係は、双方の合意により昭和五七年七月二七日をもって終了したというべきである。