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ID番号 03772
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 三洋興業事件
争点
事案概要  退職願を提出したが、強迫によるものであると主張されたケースにつき、右強迫は認められず合意解約とし、再雇用契約が締結されたともいえないとした事例。
参照法条 労働基準法2章
民法96条
体系項目 労働契約(民事) / 成立
退職 / 合意解約
退職 / 退職願 / 退職願と強迫
裁判年月日 1986年9月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和58年 (ワ) 3894 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1272号14頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-成立〕
 二 原告は、昭和五七年一二月二五日、原告を被告会社の被用者とする雇用契約が締結されたと主張し、被告会社はこれを争うので判断する。
 この点について、原告本人は、昭和五七年一二月二五日ころ、被告会社に母親が同年一一月一七日死亡したことを伝えることと再雇用を依頼する目的で訪ねた際、Aに近くの喫茶店において、再雇用を依頼したところ、同店においては何らの反応も得られなかったが、同人と被告会社への帰途同人から「倉庫でもやるか」といわれたので再雇用が決ったと思った。そこで、同年一二月二九日、被告会社に来年からの出社日を尋ねるため訪れた旨供述する。
 しかし、右供述をもってしては、原告と被告会社との間で原告主張の雇用契約が締結されたとするには余りに抽象的、漠然としたものであって、これを認めるには根拠薄弱であるといわなければならない。
 かえって、原告及び被告会社代表者各本人尋問の結果を総合すると、次のとおり認められる。
 原告は、被告会社を退職した後、主にその後の就職先からの賃金と母の年金とにより生計を立てていたが、昭和五七年一一月、頼りにしていた母を亡くし、母の年金を受給できなくなって、当時の就職先からの賃金だけでは生活が苦しくなったうえ、孤独になったことから、賃金も高く、旧知の仲間のいる被告会社に再就職したいと考え、同年一二月一七日、被告会社を訪ねた。Aは、原告の供述する右喫茶店において、原告から再雇用を依頼された際、当初原告の話次第では再雇用してもよいと考えたものの、再雇用を希望する動機として原告からB家の財産を守るために被告会社に入社したいとか、原告を再雇用するのは被告会社の義務であるなどとの話し方を聞くうち、原告の考え方はかつて被告会社に勤務していた当時と何ら変わっていないと考え、再雇用を断ることとし、賃金その他勤務条件に関する話は一切せず、原告が営業係をやりたいと希望を述べたのに対し、「営業は退職後何年も経て内容も変っている、倉庫係しか空いていないよ」と述べて暗に再雇用を断わった。原告は、同月二九日、再度被告会社を訪れたが、Aは従業員のCをして原告に対し再雇用はしない旨説明させた。
 右認定事実によると、Aが原告に暗に再雇用を断る趣旨で「倉庫係しか空いていないよ」と述べたことが原告にAが再雇用を承諾したとの印象を与えたものと思われるが、Aは原告に賃金その他の勤務条件を一切話していないこと、その他両者の話の前後の状況から、Aの内心を除外したとしても、この段階においては、原告の再雇用依頼があり、Aがこれを直接的に断ることなく一応話として聞き置いた程度のものであったと認めるのが相当である。
〔退職-合意解約〕
〔退職-退職願-退職願と強迫〕
 原告は、性格が生真面目で、このため勤務態度も真面目であったが、他方融通性や協調性に欠け、被告会社の指示を受けずに独自に行動したり、また得意先との間に臨機応変な応待ができず、このため被告会社が苦情を受けたりするなどのことがあった。もっとも、被告会社代表取締役Aの先代Dが被告会社の代表取締役であったころは、原告は、Dから大目にみてもらっていたこともあって同人と対立することもなく業務に従事していたが、Dが死去してその子息であるAが代表取締役に就任した後、原告は、自分は先代に雇われたのであってAに雇われたのではない、また同人よりも勤続年数が長く被告会社に対する貢献度も高いなどと考え、Aの指示に従わないなどのことがあったため、昭和五三年ころ、同人から、原告が右のような考えでいる限り、将来片腕として重要視することはできないという趣旨のことをいわれたことがあった。また原告は、Aから数回にわたり社長である同人の指示に従って行動するよういわれていたものの、前記のとおり、独自に行動し、被告会社においてその行動を把握することができなくなるなどの支障を生じたことがあったため、昭和五三年から翌年八月ころにかけて同人から二、三回、暇なときは自動車の中で寝ていてもよいから被告会社の指示があるまで待機しているように注意を受けたことがあった。更に原告は、昭和五四年八月三日、Aの指示に従わず行動して同人と口論となり、その際同人から、どちらの意見が正しいか原告の母(原告は母と二人暮らしであり、母を頼りにしていた)と相談し、反省したら出社するようにいわれた。
 原告は、その後出社せず、このため、Aが従業員のEやFを原告の自宅に訪問させ、原告をなだめて出社するよう説得させるなどしたが、原告は社長のAが謝らない限り出社しないとの態度に終始して出社せず、かえって同月一五日、突然退職届と題し「此度都合により退職到します」と墨書された書面を被告会社に持参して提出し、Aから慰留されたものの決心は変わらないと述べて本件合意解約により退職した。
 なお原告は、その後、被告会社から同日までの賃金及び退職金二〇〇万円の支払を受ける(退職金二〇〇万円を受領した点は当事者間に争いがない)とともに、被告会社から「自己都合による退職」と記載された離職証明書を得て失業保険金を受給した。
 右認定の経緯によると、原告の被告会社に提出した退職届は原告の自由意思によるものであったと認めることができる。
 原告は、退職意思はなかったが、Aが原告を退職させる意思が強固であったから、右退職届を提出した旨の供述をするが、同人がその当時原告を退職させる意思のなかったことは右に認定したとおりであって、この点については原告の右供述を信用することができない。
 他に原告の主張の強迫の事実を認めるに足りる証拠はない。してみると、本訴主位的請求については、その余の点についての判断をするまでもなく理由がないというべきである。