全 情 報

ID番号 03924
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 大曲市農協事件
争点
事案概要  農協の合併に伴う退職金規程が変更された場合において、右変更は不利益変更にあたり効力をもたないとして農協を退職した職員が差額の退職金を請求した事例。
参照法条 労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 退職金
裁判年月日 1988年2月16日
裁判所名 最高三小
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (オ) 104 
裁判結果 破棄・自判
出典 民集42巻2号60頁/時報1278号147頁/タイムズ668号74頁/労働判例512号7頁/労経速報1314号3頁/裁判所時報978号1頁/金融商事794号30頁
審級関係 控訴審/01520/仙台高秋田支/昭59.11.28/昭和57年(ネ)76号
評釈論文 下井隆史・判例評論360〔判例時報1294〕211~215頁1989年2月1日/岩村正彦・ジュリスト926号112~115頁1989年2月1日/岩渕正紀・ジュリスト916号84~85頁1988年9月1日/岩渕正紀・法曹時報41巻3号230~247頁1989年3月/砂山克彦・法律のひろば41巻7号57~64頁1988年7月/森口悦克・経営法曹91号34~42頁1989年5月/森口悦克・最高裁労働判例〔9〕―問題点とその解説314~327頁1989年11月/西村健一郎・京都大学教養部政法論集8号57~63頁1
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 当裁判所は、昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決(民集二二巻一三号三四五九頁)において、「新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」との判断を示した。右の判断は、現在も維持すべきものであるが、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによつて労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
 これを本件についてみるに、まず、新規程への変更によつて被上告人らの退職金の支給倍率自体は低減されているものの、反面、被上告人らの給与額は、本件合併に伴う給与調整等により、合併の際延長された定年退職時までに通常の昇給分を超えて相当程度増額されているのであるから、実際の退職時の基本月俸額に所定の支給倍率を乗じて算定される退職金額としては、支給倍率の低減による見かけほど低下しておらず、金銭的に評価しうる不利益は、本訴における被上告人らの前記各請求額よりもはるかに低額のものであることは明らかであり、新規程への変更によつて被上告人らが被つた実質的な不利益は、仮にあるとしても、決して原判決がいうほど大きなものではないのである。他方、一般に、従業員の労働条件が異なる複数の農協、会社等が合併した場合に、労働条件の統一的画一的処理の要請から、旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要性が高いことはいうまでもないところ、本件合併に際しても、右のような労働条件の格差是正措置をとることが不可欠の急務となり、その調整について折衝を重ねてきたにもかかわらず、合併期日までにそれを実現することができなかつたことは前示したとおりであり、特に本件の場合においては、退職金の支給倍率についての旧花館農協と他の旧六農協との間の格差は、従前旧花館農協のみが秋田県農業協同組合中央会の指導・勧告に従わなかつたことによつて生じたといういきさつがあるから、本件合併に際してその格差を是正しないまま放置するならば、合併後の上告組合の人事管理等の面で著しい支障が生ずることは見やすい道理である。加えて、本件合併に伴つて被上告人らに対してとられた給与調整の退職時までの累積額は、賞与及び退職金に反映した分を含めると、おおむね本訴における被上告人らの前記各請求額程度に達していることを窺うことができ、また、本件合併後、被上告人らは、旧花館農協在職中に比べて、休日・休暇、諸手当、旅費等の面において有利な取扱いを受けるようになり、定年は男子が一年間、女子が三年間延長されているのであつて、これらの措置は、退職金の支給倍率の低減に対する直接の見返りないし代償としてとられたものではないとしても、同じく本件合併に伴う格差是正措置の一環として、新規程への変更と共通の基盤を有するものであるから、新規程への変更に合理性があるか否かの判断に当たつて考慮することのできる事情である。
 右のような新規程への変更によつて被上告人らが被つた不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件における新規程への変更は、それによつて被上告人らが被つた不利益を考慮しても、なお上告組合の労使関係においてその法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものといわなければならない。したがつて、新規程への変更は被上告人らに対しても効力を生ずるものというべきである。