全 情 報

ID番号 04096
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 巴屋事件
争点
事案概要  退職のさいに業務引継ぎを尽さない場合には「円満退職」とせず退職金を支給しない旨の給与規程につき、業務引継ぎが完全に行なわれたものとして、退職金一部不支給分の支払い請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法24条
労働基準法89条1項3号の2
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 1985年2月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和58年 (ワ) 12116 
裁判結果 一部認容
出典 労働判例451号38頁/労経速報1216号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 そうすると、被告が抗弁2において業務引継義務を履行しなかった例として主張する(一)ないし(三)の各事実のうち、(二)及び(三)は、原告が在職中又は退職後に被告会社の取引先を訪問し、同取引先から原告自身が注文を受けたことにより、被告会社が損害を被ったことを退職金不支給事由として主張するものであるから、退職に際しての後任者に対する業務引継義務とは関係がなく、主張自体失当というべきである。また、仮に原告が信義則ないし商慣行に違背する行為を重ねたことが何らかの意味で退職金不支給事由になりうるとしても、原告本人及び被告代表者各尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は被告会社を退職するまでは、被告会社のユニフォーム部の部長として担当職務を誠実に遂行していたこと、原告は、被告会社在職中に被告会社の取引先に対し、退職後は自分と取引してほしいと働きかけたり、接触したりしたことはないこと、原告は、退職後一か月ほどして、制服類の販売業をすることを決意し、昭和五七年九月ころから学校関係を中心に取引先を回り、注文をとり始めたこと、原告が、自己の営業のために、A洋服店、B学園、C学園、D学院、E幼稚園を訪問し、自己への発注を促したのは、被告会社を退職した後の同年九月以降であり、小倉商店に今後取引してほしいとの趣旨で電話をしたのは同年一〇月ころであることが認められ、しかも、これらの取引先に発注を促し、又は注文を受けるにあたり、原告が信義則ないし商慣行に反する営業活動をしたことを認めるに足りる証拠もないから、抗弁2の(二)及び(三)の主張は理由がない。
 2 次に、被告の抗弁2(一)について検討する。原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が退職するまでに、F幼稚園、G幼稚園、H学園から制服類のデザイン変更の依頼はなかったことが認められるから、被告の抗弁2(一)の主張も理由がない。かえって、成立に争いのない(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五七年六月中旬ころ、一〇日間ほどかけて、後任者となるI及び被告会社社長Jとともに、取引先である各地の学校や洋服店を一〇か所近く回り、担当者交替のあいさつをしたこと、原告は、取引先からの注文内容や製品の納期等を記載したファイルをIに引き継ぎ、退職するまでの間に分らないことがあれば質問してほしい旨伝えていたこと、右Iは、昭和五八年五月ころ、たまたま原告と会って喫茶店で話をした際、原告から引き継いだファイルはきちんとしていたので助かった旨述べ、原告に感謝していたこと、原告が辞めた際、被告会社は、原告が昭和五七年七月末日で円満退社した旨の原告名義のあいさつ状を被告会社の費用で作り、同年八月ころ各取引先に郵送したことが認められるから、原告は後任者に完全に業務引継を行ったものと認めるのが相当である。
 3 以上によれば、被告が抗弁2において、退職金不支給事由として主張するもののうち、(一)はそのような事実が認められず、(二)及び(三)は被告会社の給与規程第二五条(3)所定の退職金不支給事由に該当しないから、被告の抗弁は理由がない。なお、被告は、退職金不支給の理由として、原告の営業活動が信義則ないし商慣行に違背するものであることをも主張するもののようであるが、仮にこれが何らかの意味で退職金不支給事由になりうるとしても、これまでに認定した事実を総合すれば、原告の営業活動が信義則ないし商慣行に違背するものであるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張も採用できない。