全 情 報

ID番号 04362
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 春風堂事件
争点
事案概要  毎日午後六時から三時間、毎週火曜日定休日の定めで雇われていたパートタイマーに対する経営上の必要を理由とする解雇の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
体系項目 解雇(民事) / 解雇権の濫用
解雇(民事) / 解雇と争訟・付調停
裁判年月日 1967年12月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和41年 (ヨ) 2329 
裁判結果 一部認容,一部却下
出典 労働民例集18巻6号1251頁/時報503号18頁/タイムズ216号107頁
審級関係
評釈論文 阿久沢亀夫・法学研究〔慶応大学〕41巻4号88頁/久保敬治・季刊労働法68号158頁/三枝信義・判例タイムズ221号74頁/山口忍・判例評論112号34頁/松岡三郎・ひろば21巻4号34頁/有泉亨・労働法学研究会報747号1頁
判決理由 〔解雇-解雇権の濫用〕
 申請人の雇傭関係が期間の定めのない一般の雇傭契約である以上、パートタイマーであるからと云つて、何時でも自由に何の理由もなく、経営者の一方的な意思表示によつて雇傭関係が終了すると解するのは不当である。
 (中略)
 被申請人は、「Y会社の営業は、昭和三八年頃には軌道に乗つて安定して来たが、昭和三九年以降人件費が非常に増加し特にアルバイト料の増加が著しかつたので、常勤者を殖やしてパートタイマーを廃止する方針を樹て、昭和四一年一月に申請人にパートタイマーを辞めて貰いたいと申し入れた。」と供述している(被申請人本人の供述参照)けれども、その後常勤者を一一名に増加したというのである(被申請人の供述によつて真正の成立が認められる乙第七号証参照)から、その人件費は、申請人の勤務していた当時の常勤者六名及びパートタイマー五名の時よりも却つて増加すると考えられるのみならず、被申請人は、当公廷における申請人代理人の反対尋問に対してY会社の経理の内容・状況について明らかにしようとせず(被申請人本人の供述参照)、果して、人件費の増加を食い止めるためにパートタイマーを全員解雇する必要があつたかどうか極めて疑問の存在するところである。その上、申請人が昭和四〇年三月に雇い入れられたものであることは前判示のとおりでありその後同年七月頃、Aがパートタイマーとして雇い入れられた外、Bも同年一〇月に再びパートタイマーとして雇傭されている事実(申請人本人の供述参照)に徴すると、被申請人としては、昭和四〇年の暮頃までは、パートタイマーを全員解雇しようとする経営上の必要も意図もなかつたのではないかと、推測せざるを得ない。しかも、被申請人は、昭和四一年二月頃既に申請人の後任者となるべき者を雇い入れており、又Bが辞めることになつたのも申請人の件でごたごたが起きるようになつた同年三月下旬のことであり、さらに同年五月頃に一人の学生アルバイトが雇い入れられた外、その後喫茶店のカウンター内の洗い物をする人が雇傭された形跡もあり(申請人本人の供述参照。この認定を左右するに足りる疎明はない。)このことは当時被申請人には、パートタイマーを解雇する経営上の必要の殆んどなかつたとの推測を補強して余りがある。
 却つて、申請人本人の供述によれば、被申請人は、特別の宗教を信奉しているものである(その宗教はCである。被申請人本人の供述参照)が、Y会社の常勤の従業員も又殆んどその宗教に入つていたので、これを被申請人の強制によるものではないかと考えた申請人が、常勤の従業員達に事ある毎に宗教を信ずるかどうか、どの宗教に入るかは、全く個人の自由である等と話していたので、被申請人もうすうすそのことに感付き、申請人の言動に関心を抱いていた。と一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。
 以上判示の事実関係を総合すれば、被申請人がパートタイマーを大量に解雇するに至つた本当の理由は、余り歓迎できないと考えた申請人をY会社から排除するという目的に出でたもので(中略)、他の解雇者の中には、申請人の道連れにされてしまつた者もあつたのではないかと見受けられるところであつて、真にパートタイマーを整理する経営上の必要はなかつたものと見るのが相当であり、従つて申請人の解雇は、何等解雇の理由のないものであつて、解雇権の濫用であると推定せざるを得ないから、被申請人のした申請人解雇の意思表示は無効であるといわなければならない。
〔解雇-解雇と争訟〕
 本件において、申請人は、賃金の仮の支払を求めると共に、「申請人が被申請人に対して雇傭契約上の地位を有することを仮りに定める。」旨のいわゆる任意の履行を期待する仮処分を求めている。
 右任意の履行を期待する仮処分が法律上如何なる性質を有するものであるか即断できないけれども、この仮処分に対応する本案訴訟の主文は何かと考えた場合、一応「申請人が被申請人に対して雇傭契約上の地位を有することを確認する。」というに外ならないといえるのではなかろうか。このことは仮処分申請の趣旨が、「被申請人は、仮りに申請人を被申請人の従業員として取り扱え。」となつていても或いは又、「何月何日付の解雇の効力を仮りに停止する。」となつていた場合でも同様であろう(中略)。元来、仮処分は、常に本案訴訟を予定し、その本案訴訟は給付訴訟を原則とし、その本案たる給付訴訟の執行を保全するために発せられるものであるが、確認訴訟には本質的に執行というものがなく、確認訴訟の執行を保全することを目的とする仮処分というものは考えられないのが本則である。果して、労働仮処分における「申請人が被申請人に対して雇傭契約上の地位を有することを仮りに定める。」というものの本案訴訟が、本質的には確認訴訟であるとするならば、賃金仮払の仮処分の外に右のような任意の履行を期待する仮処分は本来出すべき性質のものではないということとなるのである。
 仮りに、任意の履行を期待する仮処分の本案が給付訴訟であると見た場合(中略)に、一体給付すべきものは何であると見るのであろうか。従業員としての権利一切であるということになるのであろうか。若し、そうであるならば、このような包括的な内容の裁判は裁判として特定されていない疑が強く、且つ、その違反に対して果して間接強制が許されるものかどうか、許されるとした場合裁判所としては如何なる事実をもつて仮処分違反と認定することになるのかも判然としないという疑点が残されているのみならず、任意の履行を期待する仮処分が従業員としての権利一切を含めたものとするならば、当然に賃金請求権の点もこの中に包含されることとなり、任意の履行を期待する仮処分の外に賃金仮払を命ずる主文を付加するのは、二重なものとなることが明らかであるから、二重訴訟の問題も起きかねない。
 (中略)
 雇傭契約というものは、当事者の一方が相手方に対して労務に服することを約し、相手方がこれにその報酬を与えることを約することによつてその効力を発生するものであつて、労働者の尤も本質的で主要な権利は、報酬即ち賃金請求権に外ならず、他にそれ程重要な権利があるとは考えられない。