全 情 報

ID番号 04372
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 日本赤十字事件
争点
事案概要  病院の看護婦が組合の決議に基づいてした入院患者を対象とする日韓条約反対の署名集め、カンパ、ビラの配布が就業規則にいう「職員の体面を汚し…」にあたるとしてなされた解雇の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒解雇の普通解雇への転換・関係
裁判年月日 1966年4月12日
裁判所名 旭川地
裁判形式 判決
事件番号 昭和40年 (ヨ) 286 
裁判結果 認容
出典 労働民例集17巻2号581頁/時報445号43頁
審級関係
評釈論文 金子晃・法学研究〔慶応大学〕39巻10号88頁/中島正・労働経済旬報654号18頁/平岡一実・神奈川法学2巻2号139頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒解雇の普通解雇への転換・関係〕
 さて本件解雇は、被申請人において、申請人らの本件行為を被申請人日本赤十字社の就業規則第九二条第七号所定の「職務に関して不当に金品その他を受取り……たとき」及び同条第九号、第九一条第七号所定の「職員たるの体面を汚し、又は信用を失う行為があつたときで、情状重いとき」の各懲戒解雇事由に該当するものとし、本来ならば、申請人らを懲戒解雇にすべきものと考えたが、申請人らの年令等を考慮して、前記就業規則第五五条所定の普通解雇事由たる「已むを得ない事業上の都合」があるものとして申請人らを普通解雇したことによるものであることは、被申請人の自陳するところである。これに(証拠略)を総合すれば、本件解雇については、申請人らを解雇しなければならぬ「已むを得ない事業上の都合」が実際にあつたわけではなく、名実共の懲戒解雇を避けるための言わば恩恵的名目として「已むを得ない事業上の都合」があるとされたものであつて、本件解雇の実質は、あくまでも懲戒にあることが疎明される。そうだとすれば、本件解雇が有効であるためには、申請人らの本件行為が前示懲戒解雇事由に該当することが必要であつて、然らざる限り、本件解雇は、解雇権の濫用として、無効のものといわざるを得ない。蓋し、このように解しないと、被申請人は、前記就業規則の懲戒解雇規定によることなしに、普通解雇という名の重い懲戒をほしいまゝになし得ることになつてしまうからである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 2 申請人らのした本件行為の具体的態様については、既に認定のとおりであるが、これによれば、申請人らは本件行為をなすに当り、その対象とした患者に対し、唯単に前記趣旨の署名と資金カンパを懇請したというに止まらず、長期療養をせねばならぬ而も経済的に困窮している患者にとつては若し申請人らの言うとおりとすれば困惑してしまうようなことまで申し向けて説得したのであるから、患者の弱味に乗じて目的を達しようとした節が全く無いとは言えないが、他方申請人らは、極めて間接的にはせよ、本件行為が患者のためにもなるものと信じていた如くであり、申請人らの本件行為に不満と不安を感じた患者についても、その不満と不安は、(中略)病院側で患者に陳謝し、且つ、向後二度とかゝる行為のなされることのないよう病院職員に厳重に注意をしてくれさえすれば概ね解消する程度のものであつたと認められるし、また、(中略)病院内で積極的に患者を対象として資金カンパがなされた事例は今までなかつたことが疎明されるが、(中略)従前も組合が組合員ないし病院の一般職員を対象として何らかの目的で資金カンパをした際、その趣旨に賛同した患者が自ら進んでこれに協力した事例が何回かあつたことが疎明され、(中略)申請人らは、患者を対象として本件行為のようなことをすることが病院職員ないし看護婦たる者として不可なる所以に気付かずに唯一途にその目的が正当であればよいと考えたために本件行為に出たものであることが疎明され、結局のところ、申請人らが本件行為をしたことに因り入院患者にかけた心労ないし金銭的負担の程度は、入院患者が病院職員としての看護婦に寄せている前示の如き期待と信頼を大きく失わせてしまう程に重大なものであつたとは認められない。
 3 (中略)申請人らのした本件行為は、患者の精神の平静を乱し、結核の療養上障害となるものであることが疎明されるが、右障害の具体的な程度については適格な疎明資料がなく、本件行為の如き行為でも軽症患者を対象とした一回限りのものであれば、その程度は微々たるものと推測される。
 4 (中略)申請人両名は、本件行為をした日の翌々日たる昭和四〇年一一月八日と翌九日の二回に亘り、院長の命を受けた事務部長や看護部長から、申請人X1は更に翌一〇日に院長自身から、本件行為をしたことについての釈明を求められたが、終始一言も応答せずに黙秘し続け、申請人X2の如きは前記九日に院長から直接会いたいとの連絡があつたのに電話で院長に対し「行く必要がない。」と断り、院長が「五分でもよいから会つてくれないか。」と言つたのに対し、「会う必要がない。」と言つて一方的に電話を切つてしまつたことが疎明される。院長が右の如く申請人らに対し本件行為についての釈明を求めたのは固より当然のことであり、これに対して申請人らの執つた前示の如き態度は、病院の職員たる者の執つた態度としては不当不遜のものといわざるを得ず、申請人らが本件行為の非を全く認めないものとみてとつた被申請人が、勢い、申請人らの解雇に出たのも無理からぬとの感がないではない。しかしながら(中略)、申請人らが右の如き態度を執つたのは、組合の執行部と相談しその指示に基づいたものと推測されるのであつて、一がいに申請人らだけを責めることはできず、申請人らがいやしくも正規の看護婦たる以上、その内心においても、本件行為をしたことにつき顧みて自分らに全く非がなかつたと考えているものとは思われない。
 (中略)
 5 申請人らの本件行為は、申請人らの個人的発意によるものではなく、組合の執行委員会の意思に基づいているものであることは、既に述べたとおりである。被申請人は、申請人らが本件行為をしたことにつき、申請人らのみの責任を追求する態度を執つていること弁論の全趣旨に徴して明らかであるが、右のとおり申請人らの本件行為が組合執行機関の意思に基づくものである以上、本件行為につき申請人らのみに対し、而も重い懲戒責任を問うのは、いさゝか片手落の感を免れない。
 以上1ないし5に挙げた事実、その他本件全疎明資料から窺われる本件行為についての諸般の事情を総合すると、申請人らが病院の職員としての体面を汚し、その信用を失わしめたものとしての本件行為についての申請人らの情状は、重いものと断ずることはできない。
 されば申請人らの本件行為は、前記就業規則第九二条第九号、第九一条第七号所定の懲戒解雇事由にも該当しないものといわざるを得ない。
 (四) 以上のとおりにして、申請人らの本件行為が被申請人主張のいずれの懲戒解雇事由にも該当しない以上(二)で説示の理由により、本件解雇は爾余の点を考慮するまでもなく、被申請人が解雇権を濫用して行つた無効のものといわざるを得ない。