全 情 報

ID番号 04509
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 三菱日本重工事件
争点
事案概要  米軍の賠償指定工場となりその兵器工場となっていた会社において米軍からの解雇要求通告に基づいて解雇された労働者がその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法2章
民法628条
民法1条3項
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 已ムコトヲ得サル事由(民法628条)
裁判年月日 1952年10月21日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和27年 (ヨ) 4013 
裁判結果 却下
出典 労働民例集3巻5号466頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇事由-已ムコトヲ得サル事由(民法628条)〕
 同製作所の工場施設の所有権は当時も会社に属していたけれども、昭和二十一年八月商工省通達により賠償工場として指定されて以来右製作所の設備機械などの管理権は挙げて会社の手を離れ、連合軍総司令部の手に帰し、占領政策の進展によつて総司令部が工場施設の全部を米軍の車輛修理工場にする目的で米軍に解放してからは、その管理権は直接に米軍の手に帰し、同時に会社は所有施設の全面的使用許可のもとにこれら車輛修理の発註を受け、軍の要求する生産計画に従つて作業要員を提供し、軍の供給する資材と動力と技術指導とによつて作業を遂行することとなり、生産、検査、検収、労務管理、所内人事移動、秩序風紀の維持取締、軍機保持等一切は軍の要請するところに従うこととなり、組合も当時米軍の作業遂行に協力することを承認していた。そしてこれらの一切は役務要求によつて定められ、最初は特別調達庁を通じて同庁との間に契約されていたが、朝鮮事変が始つてからは作業が軍作戦に直結する関係上、作業の完全遂行は厳重に要求され、米軍在日兵站部が米国政府の名において直接に会社との役務契約を結ぶようになり、この契約の内容は軍作戦の要求に向つて益々強化された。殊に昭和二十六年七月一日附役務契約第十四条では米軍の軍機の秘密保持その他の必要上、右のように米国側の通告による解雇約款が定められた。ただに契約面上の強化に止まらず、工場の管理保全や作業の指揮監督面においても、工場司令官が設けられ、米軍将兵が常駐し、次いで昭和二十六年十一月一日以降は駐在の米軍は一独立部隊として編成されるに至つて、工場保安権は絶対的に米軍の掌握するところとなり、会社としては工場の保安については全く無権限となつた。
 昭和二十七年三月七日工場司令官A大佐は東京製作所B所長に対し、「工場よりの排除」と題する文書を手交し、「好ましからざる従業員に関する米軍会社間の契約に従い申請人ら四名を三月十日までにできる限り速かに東京製作所兵器工場の施設から排除する」ことを要求し、それが工場司令官の要請であることについては、厳秘にすることを要請した。所長は直ちにその理由を質したところ、同大佐は「米国政府の責任において保安上の見地から慎重に調査検討の結果従業員として不適当と決定したものであつて、役務契約上の人事約款に基いて要求する」と説明した。所長は申請人らが何故に保安上従業員として好ましくないのか、その具体的事実を聴き確めようとして翌八日同大佐を再び訪ねたが、「作戦に直結している工場であるから作業遂行上好ましくない者を排除するのであり、軍の上官からの命令によつたものである、」という説明しか得られなかつた。
 そこで所長は本件解雇の告知当日先ず組合の役員を招致して、「米軍の作業をしている特殊事情下にある会社としては、就業規則第六十条にいう『已むを得ない事業上の都合によるとき』に当る、」と解雇理由を説明した。更に所長は申請人らに対する解雇の告知についても組合に対すると同様に、A大佐の厳秘要請に従いながらも軍の要求によることの暗示だけはして解雇理由の説明をすることとし、その旨を申請人らの所属する各職制に指示し、各職制は所長の指示に従い申請人らを順次各別に製作所内応接室に招きそれぞれ口頭で、「当工場は米軍の作業をしている特殊事情にある関係上、已むを得ない事業上の都合により解雇する」旨を告知した。
 以上認定した事情のもとにおいては、会社が工場司令官の解雇要求を拒否したとしても、工場の管理権と保安権とを握つている米軍部隊は、自らの管理権と保安権に基いて申請人らの工場施設への立入を禁止することも自由であり、申請人らは事実上その職場で就業することができなくなり、雇用関係存続の基礎を失うばかりでなく、ことに占領下において、厳格な役務契約条項の下に軍作業を完遂することによつて、経営の維持存続を図るほかない会社としては、米国政府との契約条項に従い、その要求を容れることは、経営権の存立の安全を自ら放棄しない限り万已むを得ない処置である。また会社の経営権の安全を失うことは、同会社に使用される数千の労働者の運命にも影響する結果となる。こういう場合に契約条項に従つて申請人らをその工場から排除することは、会社の就業規則第六十条にいう「已むを得ない事業上の都合によるとき」に当る。またこれをもつて解雇権の濫用であるともいわれない。