全 情 報

ID番号 04539
事件名 解雇無効確認請求事件
いわゆる事件名 三井鉱山事件
争点
事案概要  いわゆるレッドパージに関連して、一定期日をもって解雇するが期日前に退職願を提出した者は依願退職扱いとするとの使用者の意思表示に基づいて退職願を提出した者が後にその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法2章
民法93条
体系項目 退職 / 合意解約
退職 / 退職願 / 退職願と心裡留保
解雇(民事) / 解雇の承認・失効
裁判年月日 1956年11月29日
裁判所名 福岡地大牟田支
裁判形式 判決
事件番号 昭和28年 (ワ) 109 
昭和31年 (ワ) 28 
裁判結果 棄却
出典 労働民例集7巻6号1129頁/時報109号21頁/労経速報234号1頁/労働法令通信10巻6号4頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-合意解約〕
 成立に争のない甲第一号証によると、右解雇通告の書面には「貴殿を昭和二十五年十月二十二日附を以て解雇し、二十一日以降は事業場その他会社施設への立入を禁止する。尚依願解雇の取扱によられたい場合は退職願を十月二十四日午后四時までに提出になれば退職金につき特に会社都合扱いとし、更に平均賃金の六十日分を特別に加給する。二十一日の立入禁止に伴い、当日については平均賃金の六十パーセントを十月分賃金と同時に支給する」という趣旨の記載がなされている。右の文言からすると昭和二十五年十月二十二日附を以て解雇するという一方的解雇の意思表示をするが、同月二十四日午后四時迄に退職願の提出があつたときは会社都合扱いとし、特別加給金を支給するというのであつて、退職願の提出という事実によつて解雇の取扱につき退職願を提出しない者との間に差異を生ぜしめている。そうしてこのことに前記協定中特に辞表を提出した者に対し特別加給金を支給する旨定め、特審手続受理の時期も退職願提出期限後としていること及び成立に争のない甲第二号証の退職者注意事項に退職願を提出した者は自発的に退職した者であるという趣旨の記載がなされている点等を参酌すると右解雇通知には一方的解雇の意思表示の外に、退職願を提出することにより同月二十二日附を以て雇傭関係を消滅させるについての同意を求めるいわゆる合意解約の申入が同時になされていると解するのが相当である。従つて若し右通知書に対し解約申入を承諾して退職願が提出されると雇傭関係は合意解約により同月二十二日を以て終了することとなるが、この場合同日以降退職願が提出されたときは既に発生した一方的解雇の意思表示は退職願の提出という条件の成就により遡つてその効力を失うと共に、合意解約の効果が同日に遡及して発生し、他方退職願を提出しない者については条件の不成就により同月二十二日附解雇の効力がそのまま存続することとなる。
〔解雇-解雇の承認・失効〕
 一体解雇を不当としてこれを争う場合においては、通常解雇後直ちに異議申立その他の救済手段が採られるのが普通である。殊に本件のように解雇について特審制度が設けられているような場合は猶更のことであつて、現に第三目録記載の者は右特審手続の申立をしている。然るに第二目録記載の者は右特審の申立はもとより、地労委への救済申立もしていないし、解雇後約三年ないし五年を経過した本訴提起までに訴訟による救済手段をも講じていない。若し原告等の主張するように当時の情勢が解雇を争うのに不利であつたから救済手段をとらなかつたとすればとりも直さず、解雇に対する反対闘争を断念し、その効力を争うことをやめたものといわざるを得ない。そうして本件解雇に対する当時の社会、労働情勢が必ずしも被解雇者に対し有利でなく、同人等も右のような情勢判断をしていたことはさきに認定したとおりであつて、以上諸般の事情を綜合すると、結局第二目録記載の者等は一部には一時解雇に不満のあつた者がいたにせよ、いずれも解雇当時からその後退職金を受領する迄の間に、本件解雇に反対することの困難であることを察知し、解雇の効力を争うことをあきらめ、何等の異議を留めず、退職金を受領することにより、夫々被告に対し解雇を認めてその効力を争うことをやめる意思を暗黙の裡に表明したものと解せざるを得ない。従つて第二目録記載
〔退職-退職願-退職願と心裡留保〕
 右の各行為がいずれも真意に基いてなされたと認むべきことは既に認定したとおりであるからこれ等の意思表示が真意に基かないことを前提とする原告等の右主張はこれを採用する余地はない。尤も第一ないし第三目録記載の者のうちには解雇に不満の意を抱いていた者が皆無でなかつたことはこれまで述べたところによつてもこれを否定できない。がしかしそのような不満の意が単に不満の意として止まつている限り表示された効果意思の効力に影響を及ぼすものではないし、仮に前記承諾、承認及び和解が真意に基かなかつたとしても、被告においてその真意でなかつたことを知り又知り得べかりし場合であつたという点について、当裁判所の措信しない前記証拠を除きこれを認めるに足る証拠はない。むしろ本件に於て被告は右承諾、承認、和解がいずれもその真意に基くものであることを確信し、同人等との雇傭関係は既に終了して確定したものとしていたもので、それに基き今日までの長期間確定された法秩序を覆すことは許されない。なお第一ないし第三目録記載の者等が現在強い復職の希望をもつていることは本件弁論の経過から十分察せられるが、このことだけで既になされた前記承諾、承認及び和解を原告等主張のような理由で無効と解することもできぬ。更にこの点に関連して原告等は被告の答弁に対する(一)の(2)の主張のなかで、労使関係においては表示された意思よりも専ら内心の意思に基いて判断すべきだと主張しているが、右主張が労使間の法律行為については民法第九十三条但書の適用がないとの主張だとすれば、相手方である使用者を欺いてもよいという結果を是認することとなりかような見解を採用できぬことは多言を要すまい。