全 情 報

ID番号 04593
事件名 債権差押及び転付命令無効確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 三井鉱山事件
争点
事案概要  自己破産の申立をした労働者が妻に対してした退職金債権等の譲渡を行なった場合につき、その譲渡の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法24条1項
民法90条
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 直接払・口座振込・賃金債権の譲渡
裁判年月日 1962年6月20日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 昭和37年 (ネ) 288 
裁判結果 棄却
出典 下級民集13巻6号1251頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-直接払・口座振込・賃金債権の譲渡〕
 当裁判所は、原判決と同一の理由により本件の退職金は、労働の対償として使用者が労働者に支払うべきものすなわち賃金と同視すべきものと考えるが、(この点に関する原判決記載の理由をここに引用する)同条は一般に賃金が労働者の生活の資である事実にかんがみ、これを確実に労働者に受領せしめ以てその生活を保護する為、使用者に対し罰則附でいわゆる本人直接払の義務を法定したものと解すべきであるから、右の立法趣旨に照せば、労働者本人が、その賃金債権を他に処分することは少くとも、同条の直接規制するところではない。と解するのを相当とし、このことは、同法第八三条二項労働者災害補償保険法第二一条二項、などの如く、労働者保護の必要性がとくに強い債権については、明文を以てその譲渡や差押を禁止していることや、民事訴訟法が賃金債権の差押につき制限附ではあるが、これを許容していることからも理解することができる。従つて、労働協約、就業規則等においてとくに他に譲渡することを禁止されない限り労働者はその賃金債権を他に譲渡することができるものと解するのが相当である。
 しかるに、控訴人X1が同年八月一二日福岡地方裁判所飯塚支部に対して自己破産の申立をなし、その後同控訴人主張の日に破産宣告がなされ次いで、職権に困る破産廃止の決定がなされたことは、被控訴会社を除くその余の当事者間に争がなく、被控訴会社も亦、これを明かに争わない。そして、控訴人等及び被控訴人Y1間において成立に争がなく、従つて他の当事者との間にも成立を是認すべき甲第二、第三、第五号証及び第九号証、乙第二及び第四号証、前示甲第六号証、弁論の全趣旨により成立を認むべき乙第五号証の各記載に、原審における証人Aの証言並に控訴人両名、及び被控訴人Y1各本人尋問の結果を綜合すると、控訴人X1の月収は平均約二万円に過ぎなかつたのに、訴外Bの債務の為保証人となり被控訴人Y1同Y2を主な債権者として合計約金一三九万円に上る保証債務を負担したので、前記のように自己破産の申立をなし破産の宣告を受けたが、一方被控訴会社の企業整備による退職者の募集に応じ、事実上その退職が承認せられ、かつ新に発足する同社漆生鉱業所への新規雇傭も内定していたという段階で、破産宣告は宣告後に破産者が新たに取得すべき財産に対しては、その効力を及ぼさず破産者の自由処分を許す、との法解釈に着目して妻たる控訴人X2と協議した結果、子女四名を抱えた家計をも考慮して債権者の差押を免れる為、前記認定の如く右の退職につき支給を受ける退職金はもとより、被控訴会社から、破産宣告後に支給を受ける賃金、諸給与金及び賞与金等一切の債権を挙げて控訴人X2に譲渡し、その旨被控訴会社に通知したこと、控訴人X1の退職金は結局計金四五九、九五七円と決定せられたのであるが、控訴人X1自身は、控訴人なみにこれを譲渡した頃は少くとも約六〇万円と見込んでおり、退職と同時に予定通り前記漆生鉱業所に雇傭せられたのであるが、前記保証債務については、給料の差押、転付命令による若干のそれは兎も角として自ら弁済した分は全然ないこと、被控訴会社においては、正当な債権者を確知し得ず、として控訴人X1に支給する退職金中より金一一四、九八九円を供託していることをそれぞれ肯認することができる。
 果してしかりとすれば、控訴人X1は、債権者の追及を予知して自己破産の申立をなし、破産の宣告を受けるや、破産宣告が破産者の新得財産につきその効力を及ぼさないという法解釈に着目してさらに破産宣告後取得すべき収入につき債権者の執行を免れる為、後に本件差押及転付命令の目的となつた退職金はもとより当時の勤務先であつた被控訴会社より受領すべき賃金等の諸給与債権一切を挙げて家計を一にする同居の妻に譲渡した(無償と認める)ものというべきであるから、右譲渡が一面子女四名を抱えた家計を考慮した結果であるとしても、給料生活者の賃金債権については、その生活を保護する為、執行法上一定限度以上の差押を禁止していることや控訴人X1は退職とはいつても、事実上は配置転換に等しい新規雇傭が内定していたことなどを考慮すれば、控訴人等間の右債権譲渡は首肯するに足る理由がなく、その意図するところ、ひつきようするに、債権者の執行を免れんとするに在るものと認めざるをえず右に認定した事情の下では著るしく信義にもとり公の秩序に反する行為であつて民法第九〇条に照してとうていその効力を認むるに由なきものというに妨げない。
 してみると、右債権譲渡が有効であることを前提として被控訴人Y1、同Y2の本件各差押及び転付命令が実質上無効であることを主張し、被控訴人等に対し、転付金の支払を求める控訴人X2の本訴請求は理由がなく、失当として排斥を免れないといわなければならない。