全 情 報

ID番号 04603
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 鐘淵ディーゼル事件
争点
事案概要  組合役員が在任中その地位を利用して組合資金を所定の手続を経ないで借り受けた行為を理由に懲戒解雇された事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
解雇(民事) / 解雇事由 / 就業規則所定の解雇事由の意義
解雇(民事) / 解雇事由 / 懲戒解雇事由に基づく普通解雇
裁判年月日 1962年9月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和35年 (ヨ) 2118 
裁判結果 一部認容・却下
出典 労働民例集13巻5号1023頁
審級関係
評釈論文 宮島尚史・ジュリスト301号87頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 被申請会社の就業規則(乙第一三号証)第五九条第四号に規定する解雇事由である、「不正不義の行為をなし当社従業員として体面を汚した時」とは、社会的にみて、被申請会社の従業員が不正不義の行為をなしてその体面を汚し、その結果被申請会社の企業の秩序を乱し、その経営に支障を与え又はその虞があるときと解するのが相当である。けだし、たとい従業員にその体面を汚すような不正不義の行為があつても、被申請会社の企業に影響を及ぼさない限り、その従業員を企業から排除する必要がないからである。
 ところで、申請人が組合の副執行委員長在任中、その地位を利用し、組合の定める貸付け手続を経ないで、組合資金から合計金五五、〇〇〇円を借受け、そのため組合から除名されたことは既に認定したとおりである。申請人のこのような行為は、組合の役員たる者が組合の資金を乱用したものとして、組合から当然非難されるべき行為であり、従つて社会的にみて、申請人の体面を汚すような不正不義の行為であると言えないことはないが、その結果まだ被申請会社の企業の秩序を乱し、その経営に支障を与えたものと認めることができないことはもちろん、その虞があつたものと認めることもできない。したがつて、申請人の右行為が被申請会社の就業規則第五九条第四号に該当するものとすることはできない。
〔解雇-解雇事由-就業規則所定の解雇事由の意義〕
 使用者が就業規則により解雇事由を規定する場合は、これに該当する以上従業員を解雇することがある旨を明確にして、企業の秩序を維持するとともに、特別事情がない限り、これに該当しないときは従業員を解雇しない旨を明定して、従業員の雇傭を保障し、よつて企業の円満な運営を図ろうとするものということができる。そして、使用者がこの就業規則による解雇事由の限定的規定に違反して従業員を解雇するときは、わが国の労働経済の現状の下では、一般に解雇が直ちに労働者の生活に著しい困苦を与えるものであることにかんがみ、その解雇は、労使間の信義公平の原則に反し、解雇権の濫用として、無効であると解すべきである。本件の場合申請人の前記行為は被申請会社の就業規則第五九条第四号の規定に該当せず、他に特別の事情の主張立証のない本件において、被申請会社がこれに該当するものとした本件解雇の意思表示は無効であると言わなければならない。
〔解雇-解雇事由-懲戒解雇事由に基づく普通解雇〕
 被申請会社の就業規則(乙第一三号証)第六五条は、同条所定の「各号の一つに該当する時は、組合の同意を得た上三十日前に予告するか又は三十日分の給与を支給して解雇する」ものとし、その第一号には、「精神若しくは身体に故障あるか、又は虚弱傷病等のため業務に堪えられないと認められる時」、第二号には、「已むを得ない事業上の都合による時」、第三号には、「その他前二号に準ずる程度の已むを得ない理由がある時」、と規定している。これらの規定を総合して考えると、就業規則第六五条第三号は、従業員側の都合によると、被申請会社側の都合によるとを問わず、同条第一、二号の事由(従業員の身体、精神上の故障等又は被申請会社の企業整備等)に準ずるような、被申請会社の企業経営の必要上やむを得ない解雇の事由があるときに、従業員を解雇することができる旨を規定したものと解するのが相当である。ところで、申請人は組合の役員でありながら組合の資金を乱用し、そのため組合から除名されたものではあるが、申請人のこのような行為が被申請会社の企業の秩序を乱し、その経営に支障を与え、又はその虞があるものと認められないことは既に述べたとおりである。このような申請人を引続き雇傭することが被申請会社にとつて単に「不安」であるということだけでは、被申請会社の企業経営の必要上申請人を解雇しなければならないやむを得ない事由とはならない。特に申請人は当時被申請会社の工務課外注係であつたのであつて、直接被申請会社の経理事務を担当していた者とは認められないのであるから、なお更である。次に、被申請会社では従業員は必ず組合員でなければならないものと認め得べき疎明資料もなく、また被申請会社が組合員でない従業員を雇傭するために、組合との関係上被申請会社の事業の円満な遂行ができないものと認めるべき疎明資料もない。従つて、申請人が組合を除名された結果被申請会社において唯一人の非組合員となるとしても、そのことは、前記のやむを得ない解雇の事由とはならない。
 してみると、被申請会社の主張するような事由は就業規則第六五条第三号に該当しないから、本訴における被申請会社の申請人に対する通常解雇の意思表示は、既に述べた理由と同一の理由により、解雇権の濫用として、無効であると言う外はない。