全 情 報

ID番号 04665
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 樽芳運輸事件
争点
事案概要  妻の両親(直系姻族)が自己の直系尊属にあたるとして八カ月間にわたり扶養手当を受けたことの是非をめぐる感情のこじれに端を発して業務上不適格であるとして解雇された組合員が右解雇の効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 人格的信頼関係
裁判年月日 1957年7月22日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和31年 (ヨ) 2780 
裁判結果 認容
出典 労働民例集8巻4号398頁/労経速報256号2頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇事由-人格的信頼関係〕
 会社は、申請人が妻の両親につき不当に家族手当を受給していたばかりでなく、その不当受給を指摘されるや、「妻の両親も直系尊属に相違ない」、「妻の親を親と呼ばぬか」等と抗争して、妻の両親も家族手当の受給対象となることを執拗に主張して少しも反省の色がなく、その非常識、頑迷な申請人の態度に業務上の不適格を認めて解雇したもので、本件解雇は就業規則に照し有効である、と主張する。
 就業規則第三十八条第三号は社員につき「業務上不適当と認めたとき」を解雇基準の一つとして掲げているのであるが、もとよりこの条項の運用に当つては、使用者の一方的立場から主観的に認定して足るのでなく、そのことを理由として当該労働者が解雇されるのが相当であると社会一般人をして首肯させる程度の客観的評価がなされるとき、初めて有効に解雇ができるものと解するのが相当である。蓋し雇傭契約は継続的信頼関係を基礎とし、殊に労働者はこれに立脚して生活しているのであるから、労働者が使用者の客観性のない一方的評価に左右され解雇に価いする程の事由なくして容易にその地位を奪われるものとするならば、労働者の生活の安定は全然期しえられないからである。かかる見地に立つて右解雇理由の当否を検討してみよう。
 申請人本人の供述によれば、申請人は商売に失敗して昭和三十年末ごろから妻の両親方に同居して世帯を共にしていたのであるが、当時妻の妹から、同居しておれば家族手当が貰えるのではないかときいて、叙上のように申請人が直系姻族である妻の両親を扶養する旨の居住地区長の証明書を添えて会社に対し、妻の両親について家族手当の支給申請をなしたものであることが認められる。しかし、同居中の直系姻族である妻の両親につき、家族手当を受給しうる一般慣行があるわけではないし、会社の賃金規則によれば、直系姻族である妻の両親は、扶養家族ではなく、前記三月二十八日の協定も、賃金規則のこの点を改訂したものでないことは、叙上説示のとおりであり、申請人の右支給申請の際、会社が申請人に対して賃金規則所定の範囲を超えて家族手当を支給するという特別の合意も認められない。又会社の就業規則やこれに附随する賃金規則は、会社の事務所の机上におかれていて、申請人のような事務担当の従業員には閲覧し易い状態にあつたことは、証人Aの証言に照して認められる。
 そうすると、右支給申請当時、申請人が意識的に悪意をもつていなかつたにしても、右支給申請をすること自体が、賃金規則に対する理解を欠くものとして、申請人に落度のあつたことは、否定できないし、それと同時に、右受給届出に対して、会社の認定のもとに、家族手当を支給していたのは、会社側の不注意も与つているといわなければならない。こうした半面、申請人にしてみれば、会社側で申請人の右受給届を検討してその認定のもとに、昭和三十一年二月から同年九月まで八ケ月に亘つて何事もなく家族手当を支給されていた事実から推して、直系姻族である妻の両親でも、これと同居し生計を共にしている限り、会社から家族手当が支給される、と思い込むようになるのも、あながち根拠のないことではない。しかも、申請人の右家族手当受給の事実が賃金規則に触れるにしても、そのことは、申請人の個人的問題として処理されるべき事柄であつて、これに対する会社の取扱の如何によつては、申請人個人の名誉信用を傷けないものとも限らない。
 従つて、会社が、申請人の右家族手当受給を賃金規則に触れるとして、今後その取扱を是正しようとするならば、申請人との個人的話し合いの場において、従来の右家族手当支給の取扱が会社側の落度にも基因する事情を説明してその諒解に努めるのが、相当である。
 しかるに、B常務は、申請人の右家族手当受給の事実を発見するや、叙上のとおり、十月二十二日の秋季定期昇給に関する団体交渉の際、組合側の人達の並いる前で出し抜けにかかる個人的問題を持出し、申請人が妻の両親について家族手当を受給しているのは、不当であると指摘して、申請人の感情を強く刺戟したことは、組合の要求に対抗する気持がいかに強く働いたからにせよ、軽卒の譏を免れない。のみならず、B常務は、その際申請人や組合側の人達の反対に遭い、この点に関し更に調査の上、支給すべきものかどうかを決める、と答えているのであるから、その後会社側としてこれを支給すべきでないことを決定したからには、そのことに関して、十月三十一日の給料支給前に申請人に対して、できるだけ意を尽して会社の態度を釈明する方法もあつたわけである。しかるに、事前諒解もなく、申請人の反対が十分に予期せられる状況のもとで、右給料日に会社は、申請人の十月分の給料から妻の両親に対する家族手当を一方的に差引く措置に出たため、申請人の感情を極度に刺戟したことは、想像に難くない。
 尤も、右団体交渉の席上で、申請人や組合側の人達が、妻の両親も直系尊属に相違ないといつたり、右給料支給直後に申請人が社長等に対し、妻の両親を親と呼ばないか等といつたことが、会社側の感情を刺戟したことは、否めないし、又申請人としても、大学出であるだけに、右家族手当問題に関して冷静に賃金規則を検討すべきであつた。しかし、それにしても、会社側の前記のような摘発的、高圧的態度が、却て申請人をして硬化させ、一見へりくつと思われるような右の言葉を吐かしめるに至つたとみることもできるのである。
 従つて、会社側が申請人のかかる言葉態度によつて感情を刺戟され信頼を裏切られたといつても、会社側の誘発的態度や、自らの落度に頬冠りして申請人の非だけを容赦なく切つてとろうとするやり方にも、自省すべき点が多々あるといわざるをえない。申請人もその非を改めるにやぶさかであつてはならないのと同様に、会社も亦自らを省み、申請人の非のみを責めるに急であつてはならないというべきであろう。
 このようにみてくると、申請人が直系姻族である妻の両親について家族手当を受給していたことが、賃金規則に照して不当であるとしても、そのこと自体が直ちに解雇に値いするとは、いいえないことは勿論、かかる家族手当問題に発する叙上のような感情のもつれが本件解雇にまで発展した経緯に徴すれば、その間の双方の応酬中に表われた申請人の言葉尻を捉えて、一方的に申請人の非常識、没常識、頑迷を云云して直ちに業務上不適格の烙印を押すことは、早計といわなければならない。従つて、これら諸般の事情を顧慮すると、申請人を職場から放逐するに値いする程度の業務上の不適格があるとはいえないから、業務上の不適格を理由とする本件解雇は、前記就業規則の解雇基準に達しないものとして、無効といわなければならない。