全 情 報

ID番号 04922
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 社会保険報酬支払基金事件
争点
事案概要  男子職員を勤務成績や能力に基づく選考をすることなく、勤続年数を唯一の基準として一律に昇格させる措置をとりながら、同一の昇格要件を満たしていた女子につき右昇格措置を講じなかったことが性別による差別であるとして不法行為に基づく差別賃金相当額、慰謝料等が請求され、かつ、女子が現実に昇格したことの確認が求められた事例。
参照法条 労働基準法4条
男女雇用機会均等法8条
民法90条
民法709条
日本国憲法14条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 男女同一賃金、同一労働同一賃金
労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 男女別コ-ス制・配置・昇格等差別
裁判年月日 1990年7月4日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和55年 (ワ) 1866 
昭和56年 (ワ) 15293 
裁判結果 一部認容・却下・棄却(控訴)
出典 労働民例集41巻4号513頁/時報1353号28頁/タイムズ731号61頁/労経速報1397号11頁/労働判例565号7頁
審級関係
評釈論文 奥田京子・労働法律旬報1264号25~32頁1991年5月25日/高木紘一・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕62~63頁1995年5月/秋山信彦、今野久子、坂本福子・労働法律旬報1244号33~39頁1990年7月25日/小畑史子・日本労働法学会誌77号275~282頁1991年5月/新谷真人・季刊労働法158号187~188頁1991年2月/森英樹・法学セミナー35巻12号118頁1990年12月/川口美貴・平成2年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊980〕203~205頁1991年6月/
判決理由 〔労基法の基本原則-男女同一賃金〕
 1 憲法一四条は、法の下の平等の基本原理を定め、これを受けて労働基準法三条は国籍、信条又は社会的身分を理由とする労働条件についての差別的取扱いを禁止し、同法四条は女子であることを理由として賃金について男子と差別取扱いをしてはならないとしている。これら労働基準法の規定の文言の上からは、女子であることを理由として、賃金以外の労働条件について差別的取扱いをすることは直接禁止の対象とされていないが、右規定の趣旨は、賃金以外の労働条件についても、性別を理由とする合理的理由のない差別的取扱いを許容するものではないと解され、労働条件に関する合理的理由のない男女差別の禁止は、民法九〇条にいう公の秩序として確立しているものというべきである。したがって、本件で問題とされている昇格についても、合理的理由なしに男女を差別的に取り扱った場合には、公の秩序に反する行為として違法であるとの評価を免れない。そして、男女が平等に取り扱われるという期待ないし利益は、不法行為における被侵害利益として法的保護に値すると解すべきであるから、右のような昇格における差別につき被告に故意又は過失があったときは、不法行為が成立する。
 〔中略〕
 3 右事実によれば、被告の職員は男女が同一の採用試験で採用され、その後各人が従事する業務内容も、男女の区別なく同一であったところ、被告は、全基労との間において一・二五協定を締結して、全基労所属の男子職員で四等級及び五等級在級者について、勤務成績や能力に基づく選考をすることなく、勤続年数という基準に準拠して一律に昇格させる措置を講じ、続いて基金労組との間において二・二八確認を締結して、基金労組所属の男子職員で四等級及び五等級在級者について、同様に選考をしないで、同様の基準に準拠して一律に昇格させ(昇格発令時期に関する一・二五協定との相違については、暫く措く。)、さらに、全基労との間において三・一六確認を締結して、非組織労働者であったため、右基準に該当しながら右の昇格措置が取られなかった男子職員について、同様の昇格措置を講じた。これにより被告は、四等級及び五等級在級のすべての男子職員について、勤続年数を基準とした選考抜き一律昇格の措置をしたことになる。ところが、被告は、女子職員については、右昇格措置が取られた男子職員と同一の等級に在級し、右の昇格基準に該当する者があったにもかかわらず、原告らを含むこれら右基準に該当する女子職員に対し、なんらの昇格措置も講じなかったものである。
 そうすると、原告ら女子職員は、昇格に関して、右協定及び二つの確認により差別的取扱いを受けたものといわざるを得ず、被告は、右取扱いをすることにより、同じ昇格要件を満たす男子職員と女子職員との間の昇格に格差が生じる結果になることを認識していたものということができる。したがって、この格差の発生につき合理的な理由がない限り、女子職員につき昇格措置を講じなかった被告の不作為は、前述のとおり公の秩序に反するものとして不法作為を構成し、被告は、その責任を負わなければならない。被告は、客観的に違法とされる事実の発生の認識がなかったから故意がないと主張するが、同一の昇格要件を満たす男女に格差が生じること自体の認識があったことは明らかであるから、その結果が客観的に違法であるとの認識が被告になかったとしても、不法行為の要件である故意の存在を否定することはできない。
〔労基法の基本原則-均等待遇-男女別コ-ス制・配置・昇格等差別〕
 1 原告らは、労働基準法四条、一三条を根拠に、男子職員に対する選考抜き一律昇格措置が女子職員である原告らにも講じられ、現実に昇格したことになるとして、昇格等の確認請求をする。しかしながら、当裁判所は、右規定を根拠とする確認請求は、次に述べるとおり理由がないものと考える。
 被告における昇格とは、前記のとおり、職務の複雑、困難性及び責任の度合いに基づいて区分された職務の等級を下位から上位へ格上げすることであり、《証拠略》によると、被告における職員の職務の等級の決定は、理事長が行うことになっている。したがって、被告の職員に対する昇格は、原則として職務と一体になった等級を被告の人事上の裁量によって変更するものであり、あくまで被告の裁量権の行使であるといわざるを得ない。もっとも、本件においては、前述のとおり職務と直接に結び付かないにもかかわらず等級の変更を認めているから、その意味では本件昇格は、例外的に単なる賃金の引上げという性格のものであるとみられそうでもある。しかし、本件昇格措置における五等級から四等級への昇格についてみると、前述のとおり昭和五三年一月一日に四等級に発令して同年四月一日までに班長とするというもので、職務と等級の分離は三か月程度の暫定的な措置に過ぎず、また、三等級への昇格については、前述のように係長発令まで調査員とすることにより、一応両者が結びついたものとしている。したがって、両者の関連性は、本件においてもなお失われていないということができる。本件昇格措置が右のような性格である以上、これを男子職員についてのみ講じたことが男女差別であっても、女子職員については被告の決定がなければ本件昇格措置が取られたことにならないのが原則であり、この決定がないにもかかわらず昇格したものと扱うには、明確な根拠が必要なはずである。
 原告らは、その根拠として労働基準法四条、一三条を挙げるが、本件は昇格における男女差別であって、同法四条違反を構成する賃金差別とは別個の問題であるから、同条は根拠となり得ない。また、本件における差別は昇格措置を取らないという不行為をその内容とするから、同法に定める基準に達しない労働条件を無効とし、無効となった部分につき同法に定める基準による旨を規定している同法一三条の文言に照らすと、同条の適用があると解することには問題があるばかりでなく、仮に同条を適用することができ、その結果女子職員について本件昇格をさせないという労働条件が無効となると解したところで、無効となった部分を補充すべき基準を同法の中に見出すことはできない。原告らは、労働基準法三条及び四条の趣旨は性別による労働条件の差別も禁止しているのであるから、この趣旨が基準となって労働条件の空白をうめる効果が生じ、男子職員についての労働条件が女子職員にも適用されると説明するのかも知れないが、そのような法解釈には相当が無理があり、解釈の域を超えていると評さざるを得ない。さらに、男女雇用機会均等法も、昇格を含む昇進については均等な取扱いをするように努めなければならないとし、努力義務を定めるにとどまっている。
 これらの点を考慮すると、被告の昇格決定がない以上、原告らの主張する根拠によっては、本件昇格措置により原告らも昇格したものと扱うことはできないというべきである。したがって、原告らの右主張は、理由がない。