全 情 報

ID番号 05051
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 神戸西労基署長事件
争点
事案概要  工事現場で削岩機を使用して石積みの切り作業をしていた労働者のくも膜下出血による死亡につき業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働者災害補償保険法7条1項
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1981年2月27日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和53年 (行ウ) 31 
裁判結果 棄却(確定)
出典 労働民例集32巻1号118頁/時報1027号36頁/労働判例360号41頁/訟務月報27巻5号955頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 三 一般に、くも膜下出血は、各成立に争いのない乙第三、第四号証、第一五号証によれば、くも膜下腔への出血であつて、くも膜下腔の血管の破綻による原発性が多く、その原因疾患は頭部外傷、脳血管性障害、腫瘍、炎症など多彩であり、そのうち非外傷性のものとしては、原因不明のものもあるけれども、脳動脈瘤が大部分を占め、次いで高血圧性・動脈硬化性疾患、脳動静脈奇形などが考えられ、くも膜下出血の誘発原因として、強度の精神的肉体的負担(精神的緊張、身体的努力)、日光直射その他があるとされているところ、前記認定のBの年齢、被災前の健康状態、嗜好(飲酒、喫煙)、業務の種類、内容、作業環境、被災当日の状況、医師Aの初診時の症状、所見及び検査の結果などに照らせば、Bのくも膜下出血は、その被災前において、その作業中転倒、打撲などの外傷を受けたという事実を認めることができないから、先天性あるいは動脈硬化性による脳動脈瘤の破裂という、くも膜下腔の血管の破綻によつて惹起した可能性が大であるということができる。ところでBのくも膜下出血は、その業務遂行中に発生したものであるが、これを業務上と判定するためには、その業務起因性、すなわち、業務と疾病(死亡)との間に相当因果関係がなければならない。そして、相当因果関係があるといい得るためには、業務が疾病(死亡)の条件となつただけでは足りないけれども、最も有力な原因である必要はなく、相対的に有力な原因であれば足りるというべきところ、原告は、被災当日の気温は低く、そのため血管の収縮をきたし、かつ、削岩機使用は強烈な振動を局所に伝え、くも膜血管が破裂して、くも膜下出血により死亡したものであると主張し、前記認定事実によれば、C病院の医師Aも同一所見を示しているのである。しかし、前記認定事実によれば、Bの従事していた斫り作業は露天における作業であり、被災当日の外気温は最高四・八度、最低マイナス三・五度であるけれども、一月の気温としては普通であつて、被災当日までの間に甚しい変化はなかつたのであり、また、Bが従事していた斫り作業はコンプレツサーによる削岩機を使用しての作業であるから、強烈な振動を伴うもので、一般労働に比較すれば相当重労働であつたといいうるけれども、削岩機も作業時間中間断なく使用するものでなく、被災当日の作業内容も、Bが多年にわたつて従事してきた作業と異る作業でなく、また急いで作業をしなければならなかつた状況にあつたものでもなかつたのである。したがつて、Bが被災当日の斫り作業の業務を遂行中には、Bの、くも膜下出血を原因とするに足りる業務に関連する突発的な、または異常な事態はなかつたわけであるから、Bの、くも膜下出血による死亡が前記認定のような業務の遂行を有力な原因ないし誘因として発生したものということはできないし、また、Bの先天性あるいは動脈硬化症による既存の疾病が、その業務の遂行と共同原因となつて、くも膜下出血を惹起せしめたものとすることもできないというべきである。また、原告は、Bの従来の業務自体が重労働で身体に過度の負担をともなうものであるとして、疲労の蓄積が、くも膜下出血の原因ないし誘因となつたと主張するところがあるが、前記認定の被災当日までの稼働状況に照らせば、Bのコンプレツサーによる削岩機を使用しての斫り作業が一般労働に比して、かなりの重労働であるといいうるけれども、過度の長時間労働や激しい労働が常態化しているとはいえず、くも膜下出血の原因ないし誘因となるような疲労の蓄積があつたと認めることもできない。
 四 そうすると、Bの、くも膜下出血は、その業務遂行中に発生したものではあるけれども、その業務自体との間には、業務起因性、すなわち、相当因果関係を肯定することはできないというべきであるが、労務管理上の欠陥により、あるいは、発症後適切な処置が受けられないような状況で業務を遂行したために、疾病を増悪するなど、業務に内在する事由によつて疾病が増悪したような場合にも、その業務起因性を肯定し得るものというべきところ、原告は、Bの発病後の措置が不適切であつたことにより疾病が増悪して死亡するに至つたと主張する。しかし、前記認定の事実によれば、Bの、くも膜下出血が発症したと推定される午後一時五分ないし一時二〇分までの間からC病院の医師Aの診察を受けた午後二時三五分ころまで、およそ一時間を超える時間を要したが、それはFが赴いたD医院及びE医院が休診あるいは医師不在で受診できなかつたためであつて、Bが作業に従事していた本件工事現場が医療機関の診察を受けるに困難な条件のもとにあつたとか、工事現場事務所の職員の指示が適切を欠いたため、直ちにC病院に運ぶことができなかつたというのでもないのである。もつとも、くも膜下出血が発症した場合、直ちに医師あるいは救急車を呼んで病人を安静にしておく措置が医学上は最良であるといい得るとしても、工事現場事務所の職員やFのとつた措置に適切を欠くものがあつたとは、にわかに断定することはできないし、Bの発病は極めて急激に生じ、しかも、その直後気力を失う状態となり、間もなく嘔吐して意識を全く消失し、受診後約三〇分で左眼散瞳し、その三〇分後には右眼も散瞳し、両眼に接触するも防護反応を欠くに至り、意識回復の希望を失つたものであつて、Bの症状は当初から極めて重篤な状態にあつたというべきであるから、Bの発症後の処置と症状の増悪との間に相当因果関係の存在を是認しがたい。他にはBの、くも膜下出血が労務管理上の欠陥によつて増悪したとか、あるいは、発症後に適切な措置が受けられなかつたために増悪したことを認めるに足りる資料はないから、この点についての業務起因性を肯定することもできない。