全 情 報

ID番号 05056
事件名 休業補償費不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 中央労基署長(東京都結核予防会)事件
争点
事案概要  書類入りダンボールの箱を棚から降ろそうとして腰をひねった際に生じた腰痛の治療開始後六カ月で治癒とされ、以後休業補償を支給しない旨の処分を受けた者がその処分の取消を求めた事例。
参照法条 労働基準法76条
労働者災害補償保険法14条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務中、業務の概念
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 休業補償(給付)
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 災害性の疾病
裁判年月日 1982年3月18日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和53年 (行ウ) 66 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報1040号95頁/タイムズ474号206頁/労働判例386号25頁/労経速報1124号5頁
審級関係
評釈論文 成富安信・労災職業病の企業責任〔労災職業病健康管理【1】〕383頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-災害性の疾病〕
 原告の受傷は、前記のとおり約二三キログラムの重量の段ボール箱を棚から降ろそうとした際に腰を捻ったというものであり、原告の受診した各医療機関の診断によるも、原告には打撲傷等の外傷や筋、靭帯等の内部組織の損傷は全く認められず、右受傷に基づく腰痛の業務起因性には疑問の余地がないわけではなく、また、(証拠略)によると前記各通達にいう「災害性の原因によらない腰痛」とは、重量物を取り扱う業務等腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症した場合を指していることが認められるところ(この認定に反する証拠はない。)、前記認定の原告の業務態様に照らすと、原告の腰痛がこれに該当しないことも明らかであるということができる。
 しかしながら、被告は、前記のとおり、原告の腰痛を「災害性の原因による腰痛」であり、業務上の疾病であると認定したものであるところ、この認定を前提としても、原告の受傷の業務起因性は極めて稀薄であって、原告の体質的なものに起因する腰痛症発症の誘因になったにすぎないものと認めるを相当とする。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務中、業務の概念〕
 労災保険法にいう治ゆとは、症状が安定し、疾病が固定した状態にあるもので、治療の必要がなくなったものをいい、負傷にあっては創面の治ゆした場合で、疾病にあっては急性症状が消退し慢性症状は持続しても医療効果を期待しえない状態となった場合をいうものと解すべきところ、これについては当事者間に争いがない。
 そして、原告の治療経緯は前記認定のとおりであるが、原告の受診した各医療機関における、自訴、異常所見、治療内容、病名、診療日は、次表記載のとおりである。
 これをみると、自訴は腰痛と右下肢痛が多く、これが一貫して継続しており、前記認定のように、A病院への入院により一時軽快したものの消退せず、昭和五〇年七月以降も再び訴えを続けているものの、他覚的所見には乏しく軽度の脊椎及び腰椎の変形、脊椎の側彎が認められ、またラセーグ氏症状が認められる程度である。もっとも、昭和五〇年三月にA病院において再受診した時には異常所見が増えており、ラセーグ氏症状も悪化している。治療内容はB診療所では対症療法、その他はいずれも牽引と投薬である。つまり、昭和四九年四月から同五〇年四月ころまでにかけて原告の自訴、所見、治療内容ともに大差はなく、異常所見はむしろ増えているといえる。そして、原告の受傷態様が前記のように軽微なものであって、腰痛発症の誘因になったにすぎないものと認められ、(証拠略)によると業務上の原因に起因する腰痛は、ほぼ三、四か月以内に症状が軽快するのが普通であり、特に症状の回復が遅延する場合でも一年程度の療養で消退又は固定することが認められ、これらに照らすと、少くとも被告が治ゆしたものと判断した昭和四九年一〇月一五日までには原告の腰痛症は既に慢性症状となっており医療効果を期待しえない状況であり、労災保険法上の治ゆに該当するものと認めるを相当とする。
 原告の自訴がこれ以降も頑強に継続していることにつき考えるに、前記各医療機関において原告の腰痛に対して付された病名は、前記の如く、腰痛症(D病院)、腰部椎間板症(A病院)、変形性脊椎症、脊椎側彎症、坐骨神経痛(B診療所)であり、このうち、腰痛症は症状名であり、坐骨神経痛も疼痛原因を示すものではない。脊椎側彎症は、(証拠略)によると、原告の場合、疼痛の結果として生じたものと認められるので、疼痛原因ではない。また、変形性脊椎症、腰部椎間板症は、(証拠略)、原告を撮影したレントゲン写真であることに争いのない(証拠略)によると、原告の場合、腰痛に骨棘が形成されて変性を起こしていることを指しており、これは急性のものではなく経年性の変性であることが認められるが、これは軽度のものであり、(証拠略)によるとB診療所の主治医は、健康保険による治療の関係で前記のような変形性脊椎症等の病名を付したものであり、真意は腰痛症が正しいと思う旨述べていることが認められること、及び(人証略)に照らすと、右変形が疼痛と直接の因果関係を有するものとも認めることはできない。この点につき東京労働基準局医員訴外Cは、前記のとおり、原告の腰痛症を椎間板ヘルニアの症状であると推定しているが、もとよりこの可能性も否定しえないが、かように断定するに足る証拠は存せず、結局、原告の腰痛の原因はそれを裏付ける他覚的所見に乏しく、不明であるといわざるをえないが、何らかの原告の体質的素因に基づくものと考えざるをえないものというべきである(因みに、〈証拠略〉によると、原告は昭和四五年ころにも腰痛を同僚に訴えていたことが認められる。)。
 なお、前記のとおり、B診療所、D病院、A病院の各主治医は、原告には性格的に神経症的傾向があって、精神不安定的要素が大であり、また、原告の腰痛はノイローゼ及び分裂症によって修飾されているものと思われる旨の意見を抱いていることが認められ、また、前記のように原告の腰痛には自訴を裏付ける他覚的所見に乏しく、A病院入院時においては、精神安定剤投与等の神経科的治療により精神不安が鎮まると共に腰痛の訴えも軽減していったことやA病院退院後も整形外科よりも脳神経科の治療が主体であった事実に照らすと、原告の腰痛の自訴には精神不安定的要素が相当程度存在していることを推認することができる。
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
 E医師の書面について考えるに、そこに記載された種々の他覚的所見は昭和四九年四月八日の腰痛発症に直接関係しているものとは解されず、また同医師は、右書面作成当時に原告の自訴があり、ラセーグ氏症状等の所見も存在することから、客観的に腰痛が存在しており、そうである以上医学的には治ゆしていないといわざるをえないとの見解を述べているにすぎないものと認められる。またF医師の鑑定及び供述についても、同証人の供述を検討すると、同人は、純粋に医学的見地に立って、腰痛の自訴とそれに対応する治療が続けられている以上、治ゆとはいえないとの見解に基づいて右鑑定を行い、また供述をしていることが窺われる。
 したがって、これらの見解は、いずれも労災保険法上の治ゆの判断とは異なる観点によるものであり、これらをもって前記労災保険法上の治ゆの認定を左右することはできないものというべきである。
 そして、他に右労災保険法上の治ゆ認定を左右するに足る証拠はない。
 六 以上のとおりであるから、原告の腰痛発症日である昭和四九年四月八日から同年一〇月一五日までを業務上の疾病と認め、その後の症状については業務外として休業補償給付を不支給とした被告の本件処分は相当であったものということができるから、これを違法としてその取消を求める原告の本件請求は理由がないものというべきである。