全 情 報

ID番号 05068
事件名 労災保険金代位請求控訴事件
いわゆる事件名 三共自動車事件
争点
事案概要  業務上の労災事故につき労働者のこうむった損害を賠償した使用者が、当該労働者が有する将来の労災保険給付の請求権を取得するか否かが争われた事例。
参照法条 民法422条
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1983年10月18日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (ネ) 1859 
裁判結果 変更(上告)
出典 下級民集34巻9-12号973頁/時報1114号51頁/タイムズ512号154頁/労経速報1177号3頁/労働判例425号69頁/訟務月報30巻4号636頁
審級関係 上告審/一小/平 1. 4.27/昭和59年(オ)3号
評釈論文 下井隆史・季刊実務民事法7号214頁/加藤新太郎・季刊実務民事法8号174頁/岩村正彦・ジュリスト831号104頁/滝谷滉・法律のひろば38巻3号41頁/富田善範・昭和58年行政関係判例解説367頁/脇田滋・判例評論313号38頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 民法の不法行為の規定にもとづき労働者が労災事故により受けた労働不能による逸失利益の損害賠償債務を現実に弁済した使用者は、同一の事故を原因として労働者に支給されるべき労災保険法上の長期傷病補償給付又は傷病補償年金について、弁済後に支給されるべき分のうち、右弁済額に充つる迄の部分について、民法四二二条により、労働者に代位して国に対する請求権を取得するものと解される。〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 民法の損害賠償と労災保険法の保険給付は共に損害填補の性質をも有するが、目的を異にする部分も存することは被控訴人の指摘するとおりである。しかしながら、民法四二二条により代位を認めるのは、保険給付のうち損害賠償額、より正確にはそのうち逸失利益の損害額、に充つる迄の部分に限られるのであつて、この部分は正に損害填補の性質を持つ部分である。前記最高裁昭和五二年一〇月二五日判決も、既に支給された保険給付についてはその全部を損害額から控除しており、その給付のうちに損害填補の性格を持たない部分があるとはしていない。他方、保険給付のうち右損害賠償額を超える部分(本件においても既にこれが生じている)は、勿論、損害填補の性格を持たず、労災保険法独自の目的により給付されるものであるところ、この部分については民法四二二条の代位は行われないのである。そのうえ、労災保険法一二条の四第二項が、第三者事故の場合に労働者が第三者から損害賠償を受けたときには保険給付をしないことができるとしていることは、労働者が損害賠償を受けたとき(それを何人から受けようと、損害が填補され、生活の資を得ることには差はない)、労働者に保険給付を行わないことが、同法の目的に反したり、保険給付の性格に反するものではないことを示している。したがつて、前記のとおり、民法四二二条による代位を認めることが労災保険法の目的を害したり、保険給付の性格に反したりするものではない。
 ところで、労災保険法は、その保険給付は一部を除き、一時金ではなく年金の方式により支給されるものとしている。しかし、労働者にとつては、その保険給付の支給時期よりも早期に、一括して、現実の支払を受けることは、かえつて有利である。労働基準法八二条は、労災保険給付と同一の性格を持つ災害補償については、一括支払を原則とし、分割補償には権利者の同意を要求し、権利者が一括して支払を受ける利益を保護している。また、前記最高裁昭和五二年一〇月二五日判決が、保険給付は損害賠償と同様に損害填補の性質を有し、しかも、その債務者は政府であるため支払が確実であるにも拘らず、将来支給されるべき保険給付は損害賠償額から控除すべきではないとしたのは、保険給付と一部性質の重複する損害賠償について一括弁済を受けられる債権者の利益を重視したものと解されるのである。そのうえ、労災保険法一二条の四第二項が、労働者が第三者から損害賠償を受けたときは年金給付をしないことができるとしていることは、労働者が損害賠償を受けたときには、年金方式による支給が不可欠のものではないことを示している(なお、本件には適用ないが、昭和五五年法律第一〇四号により追加された労災保険法六七条二項参照)。これらを考慮すると、労災保険法が保険給付につき年金方式を採つていることをもつて、損害賠償の支払があつたときでも、更に年金給付を労働者に行わねばならないと解すべき根拠とはなりえない。
 労災保険法一二条の五第二項は、保険給付を受ける権利の譲渡、担保提供、差押を禁止している。この規定は、保険給付が現実に労働者、受給権者の手に入るようにすることにより、その生活の資となることを目的としたものと解される。ところが、本件においては、右保険給付と重複する性格を有する損害賠償が、現実に、つまり現金をもつて、受給権者Aに対して支払われている(甲二号証の一ないし三)から、右法条の目的とするところは既に達せられている訳であつて、前記最高裁昭和五二年一〇月二五日判決や、労働者が第三者から損害賠償を受けたとき(同法一二条の四第二項)、第三者に損害賠償債務を免除したとき(最高裁昭和三七年(オ)第七一一号同三八年六月四日第三小法廷判決・民集一七巻五号七一六頁)には、保険給付を受けられなくなることさえあることをも考慮すると、同法一二条の五第二項は本件において控訴人の代位を否定する理由とはなりえないと解される。