全 情 報

ID番号 05071
事件名 労働者災害補償請求不支給決定処分取消請求事件
いわゆる事件名 西宮労基署長(宝塚グランドホテル)事件
争点
事案概要  ホテルの客室係の女子が泥酔して料理運搬用のリフト通気孔内に転落して死亡した事故につき業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働者災害補償保険法16条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 通勤途上その他の事由
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1983年12月19日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (行ウ) 3 
裁判結果 棄却
出典 タイムズ525号248頁/労働判例425号40頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-通勤途上その他の事由〕
 2 以上の事実によれば、Aは本件事故前夜午後九時ころから本件事故直前までホテル五階パントリーに接続するリネン室内の畳敷の部分で眠っていたところ、本件事故直前に目を覚まし、同室内からパントリー壁面のリフト搬出入口まで行き、その扉を開けて通行孔内に身を乗り出すようにし、その結果、本件事故が発生したものであることが推認できる。
 しかし、Aが右のような行為をすべき業務上の事由が存在又は発生した事実はなく、本件事故当時、Aが右のような行為をした目的、理由は不明であるといわざるを得ない。〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務遂行性〕
 一般に、業務上の事由による死亡といいうるためには、労働者が業務を遂行中に(業務遂行性)、業務に起因して発生した(業務起因性)災害により、死亡した場合であることを要するものと解すべきである。
 そして、ここに業務遂行性とは、具体的な業務行為を行っている場合をその典型とするが、必ずしもこれに限られず、業務行為に付随する行為(具体的業務行為に伴う必要行為、合理的行為、準備又は後始末行為)を行っている場合もこれに含まれ、さらには休憩時間中等のように具体的には業務に従事していない場合も含まれるのであり、要は、労働者が労働関係上、現に事業主の支配下にあることを指す。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 また、業務起因性とは、経験則上その災害が右の業務遂行に伴う危険の現実化したものと認められることをいい、換言すれば、右の業務遂行と災害との間に相当因果関係があることを指す。
 そして、業務遂行性が認められる場合においても、具体的な業務行為に従事中に発生した災害のような場合には、事実上業務起因性が推定され、特別の事情のない限り業務上の災害と認められるが、例えば、休憩時間中に発生した災害のような場合には、そこに私的行為等業務と関係のない事由が介在する余地が大きいから、業務起因性は推定されず、事業場施設の瑕疵が共働原因になっているとか、特に業務遂行と相当因果関係のある災害であること(業務起因性)が認められない限り、業務上の災害とは認められないものと解するのが相当である。
 4 そこで、本件につき、まず、業務遂行性の点を検討すると、Aが本件事故当時、具体的な業務行為又はそれに付随する行為に従事中であったものとは認められないが、Aは退勤しないまま会社施設内にいたのであり、本件事故は通常のAの退勤時間から一時間半ほど後に発生したのであるから、会社としては、当時なおAを指揮監督する余地があり、その意味において、Aは当時なお労働関係上現に会社の支配下にあったものというべきである。
 この点に関して被告は、Aが本件事故前夜の宴会で酩酊し、控室に連れていかれた時点で、業務から離脱した旨主張するが、前記認定の事実によれば、Aが右宴会終了時ころ業務に従事することが著しく困難なほどの酩酊状態にあったことは認められるとしても、業務遂行能力を全く喪失したことまでは認められないし、その後もAは会社施設内にいたのであり、本件事故当時までに業務行為を行う余地が全くなかったものとはいえないから、Aが右のような酩酊状態になったことをもって、会社の支配下から離脱したものということは相当でない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-通勤途上その他の事由〕
 本件事故当時、Aがリフト搬出入口から転落するに至るような行為をすべき業務上の事由が存在又は発生した事実がないことは前記のとおりであり、また、本件事故との関係において、会社の労務管理上の瑕疵あるいは右リフト搬出入口等会社の施設の瑕疵があることも認められないから、結局、右のようにAが会社の支配下にあったことと本件事故との間には相当因果関係を認めることはできないものというべきである。
 この点に関して原告は、右リフト搬出入口は、その位置にリフトの篭が到着しなくても扉が開閉できるようになっている点において危険な設備である旨主張するが、前記認定の事実によれば、右扉を開くにはそれなりの意識的な操作が必要であるうえ、リフトの篭が当該階の搬出入口に到着しないときに扉が開いても、特に通行孔内に身を乗り出してのぞき込むような姿勢をとらない限り転落するおそれはなく、リフトの使用に際し通常右のような姿勢をとる必要はないことが明らかであるから、原告の右主張は失当である。
 また、原告は、本件事故の原因については、Aが酩酊していたことと関連があり、その酩酊は職務上の事由によるものである旨主張するが、Aが客室係としての職務に従事することが著しく困難になる程度にまで飲酒することは、客室係の宴会における業務の特質を考慮に入れるとしても、明らかに業務の範囲を超えており、むしろ恣意行為によるものというべきであるから、原告の右主張は失当である。
 6 そうすると、結局、本件事故によるAの死亡は、業務上の事由によるものとは認められないというべきである。