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ID番号 05073
事件名 遺族補償費及び葬祭料不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 倶知安労基署(喜茂別生コン)事件
争点
事案概要  業者団体主催のソフトボール大会に参加中に気分が悪くなり死亡した事故につき、業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法7条1項
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1984年2月22日
裁判所名 札幌高
裁判形式 判決
事件番号 昭和56年 (行コ) 7 
裁判結果 認容
出典 労働判例427号49頁
審級関係 上告審/最高一小/昭61.10. 2/昭和59年(行ツ)71号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 (一) Aは、コンクリート技士の資格をもち、昭和四九年六月以降会社の工場長となり、生コンの配合の計算、来客の接待等の管理業務に従事していたもので、死亡当時三六歳、平素の健康状態は、健康診断を受けていなかったこともあり、血圧その他の体調は明らかでないが、外見上は健康体で、高血圧の素因又は基礎疾病の存在を疑わせる既往歴はなく、体格は、身長約一七五センチメートル、体重約八〇キログラムで肥満体に属し、それを意識して時折り朝の体操あるいはジョギング等をするようになっていた。
 (二) Aは、本件死亡当日は午前七時ころ起床し、平素と変らぬ態度で午前七時四〇分ころ自ら会社の車を運転して家を出たが、その前日までの勤務先の状況、家庭生活等では、格別、精神的・肉体的疲労の蓄積があった様子は窺われなかった。
 (三) 本件ソフトボール大会は好天に恵まれ、午前八時三〇分ころから午後一時三〇分ころまでの間に、倶知安町立B小学校グランドにおいて、同グランドを二面に分けて各五試合が行われたが、Aが勤務していた会社のチームは、午前中は第一面の第一試合と第二面の第二試合に、また、午後は第一面の第四試合と第二面の第五試合の全四試合に順次出場した。
 Aは、途中運動着を買ったりして、試合開始に約三〇分遅れて午前九時ころグランドに到着し、直ちに右第一面の第一試合に途中から参加した後、引き続き第二面の第二試合にも出場し、ライト或いはレフトの守備位置についていた。
 (四) ところで、Aは、前記第一試合に出場中の午前九時三〇分ころ、フライを捕球しようとして両手を挙げて背走した際に後ろ向きに転倒し、また、右試合中に走塁の際、二塁ベース近くで前のめりに転倒したほか、前記第二試合に出場中には、フライを捕球しようとして打球を追った際、同じく打球を追って走って来たセンターの守備者と衝突したこともあったが、いずれの場合も負傷した様子もなく、そのまま競技を続けていた。
 (五) 右二試合を終えた後、会社チームは午前中の対戦予定がなかったため、Aは、同僚らとともに午前一一時ころから昼食を摂り、約四〇分の昼休をとったが、その際「寒けがする」などと言っていたもののさしたることもなく、その後打撃練習に参加し、午後零時三〇分ころから開始された第一面の第四試合にも先発出場してレフトの守備位置についていたが、間もなく体具合が悪いといって同僚と守備を交替し、代打として一・二回打席に立った後は競技から退き、以後グランドわきの芝生で観戦していた。
 (六) その後、午後一時五〇分ころに至り、Aは右芝生の上で呼吸困難に陥り、大きないびきをかき、殆んど意識を失っているところを初めて発見され、約一五分後にC整形外科医院に搬送されたが、既に顔面蒼白で瞳孔拡散し、脈搏・心音もなく、呼吸は停止していたため、D義文医師により、同日午後二時ころに死亡したものと診断された。そして、その際右医師がAの死体を検案(視診)したところでは、頭部等に外傷の所見は認められなかった。なお、同医師は、脳出血患者の診断例は全くなかったものの、身体所見、急死状態等の状況から一応脳出血死と診断して死亡診断書を作成したが、脳出血死を確認するに足りる資料はなかった。
 (七) Aは、ソフトボール競技中は勿論、昼食時及びその後も、右のように意識不明の状態となっているところを発見されるに至るまでの間に頭痛を訴え、或いは嘔吐、麻痺等の身体的異常を示す徴候は全くなかった。
 以上のとおり認められ、右認定事実によると、Aは、ソフトボール競技に出場した当時には、運動疲労によって生命の危険を招くような特段の疾病を有する状態にはなかったものと考えられ、その死亡の約一時間余の前までは意識清明な情況にあり、その死亡原因となった疾病は全く突発的に発生したものと推認するほかはない。
 2 被控訴人は、Aが、午前中の試合出場中に数度にわたり転倒した際に頭部を強打して頭部に損傷を生じ、これがため外傷性脳出血又は急性硬膜外血腫を惹起して死亡したものである旨主張するので案ずるに、鑑定人Eの当審における鑑定の結果並びに証人Eの証言によれば、一般に、外傷性脳内出血は、脳実質そのものの外傷によって生じた出血の増大によって脳内出血を惹起するもので、受傷直後から意識障害を伴うことが多いとされ、また、急性硬膜外血腫は、その出血の原因として、【1】硬膜動静脈及び分枝の破裂、【2】頭蓋内静脈洞外壁の破裂、【3】頭蓋骨骨折部の板間静脈からの出血、【4】骨と硬膜との間のずれ、があげられ、このうち、【4】の場合は幼小児に見られるもので骨折は認められないが、右【1】ないし【3】の場合はいずれも頭蓋骨骨折があって、それに伴って右各血管の破裂等を生ずるものとされるところ、本件において、明は、前認定のように球技中に転倒したことは明らかであるところ、フライ捕球の際の背走中の転倒については、その状況から頭部打撲を疑わしめるものではあるけれども、(人証略)によると、Aは、背中から転倒したはずみで一回転して立ち上がり、そのまま競技を続けた事実が認められるから、その際脳損傷若しくは頭蓋骨骨折等脳内出血、急性硬膜外血腫を惹起するような傷害を生じたものとは到底認め難い。ところで、(証拠略)によれば、Aの死因は、脳出血死と記載されているものの、右記載に至る経過は前認定のとおりであり、これのみをもっては、(証拠略)に照らし、直ちに外傷性脳内出血の認定資料とはなし難く、かつ、また、(証拠略)によれば、同人は平素から高血圧症であったことを疑わしめる記載もあり、同人の死因を被控訴人主張の疾病によるものであることを確認せしめるに足る資料はないので、被控訴人の右主張は肯認することができない。
 3 そうすると、前認定のようなAの死亡に至る経緯、情況と前記証人Eの証言によれば、Aの死亡は、脳血管障害の如き急性の意識障害を惹起する何らかの疾病の突発に因るものとみるほかはないところ、それが直接又は間接に本件ソフトボール競技に出場したことによって誘発されたと認めさせるに足る証拠はないから、Aの死亡を業務と因果関係があるものということはできない。