全 情 報

ID番号 05088
事件名 労働者災害補償保険給付不支給決定取消請求事件
いわゆる事件名 泉大津労基署長(第一警備保障)事件
争点
事案概要  警備保障会社の従業員の警備中の脳幹部出血による死亡につき、業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働者災害補償保険法7条1項
労働者災害補償保険法16条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1986年2月28日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和58年 (行ウ) 73 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働民例集37巻1号157頁/タイムズ589号39頁/労働判例470号33頁/労経速報1249号10頁/訟務月報32巻10号2285頁
審級関係
評釈論文 佐藤進・ジュリスト911号108~110頁1988年6月15日/新谷眞人・季刊労働法140号216~218頁1986年7月/水野勝・社会保障判例百選<第2版>〔別冊ジュリスト113〕116~117頁1991年10月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 右認定事実によると、Aは、訴外会社において長時間継続的に深夜業務に従事し、旧勤務形態のもとでは午前零時から午前六時までの仮眠時間が設けられていたものの、仮眠場所が不完全な施設で、周辺の環境や緊急指令等により十分な睡眠をとることができない状態で勤務を続け、日曜日等は連続一五時間以上、時には八七時間に及ぶ勤務に就いていたうえ、本件疾病発症の二週間前の昭和五五年一月二一日からの新勤務形態下では、勤務日の翌日は公休とされてはいたけれども、午後五時から翌朝午前八時まで連続一五時間の長時間、仮眠もしないで勤務に就き、殊に、同月二六日から同月二八日までは連続三九時間にわたる勤務を続け、また、その勤務内容も深夜一人で車を運転して四二箇所の担当箇所を巡回し、一夜に八〇回以上車を乗降して人気のない工場、倉庫等の施設の点検等の警備業務を行うというもので、その勤務時間、勤務形態、作業内容等からみて、Aは、相当過酷な勤務条件の下で長期間就労した結果、本件疾病の発症当時、睡眠不足と精神的ストレスによる肉体的、精神的疲労が蓄積していたものと認めるのが相当である。
 三 次に、Aが昭和五二年ころから高血圧症に罹患していたことは当事者間に争いがないところ、これに併せ、(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。
 1 Aは、昭和五二年四月ころから同年一一月ころまで、血尿、あるいは上腕動脈損傷などにより、三つの病院で治療を受けた際、最高血圧が二〇〇mmHg(ミリ水銀圧、以下数値のみ示す。)前後、最低血圧が一一〇前後であったが、昭和五四年五月ころにも、高血圧兼冠不全等の病名で診察を受けた際、最高血圧二〇〇、最低血圧一〇〇であり、いずれも投薬又は入院治療により、やや血圧が下降していた。そして、本件疾病が発症し、搬入されたB病院においては、最高血圧一八〇、最低血圧一一〇であった。Aは、このような高血圧症の診断を受けていたにもかかわらず、その治療にさ程の熱意を示さず、他の疾病による治療に併せて高血圧症の治療を受ける程度に留まっていたが、同人の高血圧症は、投薬治療によく反応して血圧が下降するものであって、同人の血管は未だ弾力性を失ってはおらず、病期分類でいえば、血管系等に動脈硬化等の器質的変化を伴わない第一期の症状であった。また、Aは他に特別の疾患がなく、三五.六歳という年齢で既に高い数値の高血圧症を発症していたうえ、同人の実兄であるCも、三九歳の年齢で高血圧症等により死亡しているところから、Aの高血圧症は、本態性高血圧症であって、遺伝、体質がその要因となっていると考えられる。
 2 一般に、高血圧症の発症や増悪は、遺伝や体質だけをその要因とするものではなく、労働その他の生活環境にも規定されるものであって、過労、精神的ストレス、冬期の急激な気温の変化等にも強く影響されるのであり、深夜労働によって昼夜を逆転する生活を送ることは生体のリズムのバランスを失わせるため、高血圧症に罹患している者は深夜業務に就くことが不適当とされている。
 3 ところで、Aは、右のような高血圧症に罹患していたにもかかわらず、これを訴外会社に申し出ず、訴外会社においても、定期健康診断を行っていなかったため、Aの疾病、身体状況を全く把握しておらず、職務体制上、Aの疾病に応じた業務内容の軽減、配置転換等の配慮は一切なされていなかった。
 〔中略〕
 右認定の事実によると、Aは、本件疾病の発症当時その原因となる本態性高血圧症という基礎疾病を有していたもので、本件疾病は右基礎疾病が増悪した結果生じたものであることが認められる。
 四 被告は、本態性高血圧という基礎疾病を有する者が業務遂行中に脳出血を起こした場合、当該業務が右発症直前において急激な身体的努力、精神的緊張等短時間内に身体を加害するようなものであったといういわゆるアクシデントの存在するときに限り、業務と疾病との間に相当因果関係を認めるべきであるところ、本件においては、右アクシデントが認められないから、本件疾病は、本態性高血圧という基礎疾病が自然増悪した結果であり、業務起因性を認めることはできない旨主張する。
 しかしながら、労働基準法七五条の「業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」とか、同法施行規則別表第一の二、第三五条関係第九号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」とかは、いずれも業務と疾病との間に相当因果関係が存在することが必要であることを規定したにとどまり、疾病が業務遂行を唯一の原因とすることまで必要とする趣旨のものではない。業務遂行中発症した疾病が基礎疾病を原因とする場合でも、当該業務が基礎疾病と共同原因となって基礎疾病を増悪させ、その結果発症に至ったと認められる場合には、やはり右発症の業務起因性が肯定されるべきであって、被告のいういわゆるアクシデントの存在は、かかる業務との疾病との相当因果関係の存否を判定するに際して考慮に入れるべき要素の一つであるとはいえても、かかるアクシデントの存在が相当因果関係認定に不可欠なものとまでいうことはできない。これを本件についてみれば、前記二、三で認定したところによると、Aは、本件疾病の発症前から本態性高血圧症に罹患し、遺伝、体質がその要因となっているものであったが、右高血圧症は血管系等に動脈硬化等の器質的変化を伴わない第一期の症状であったうえ、一般に高血圧症の増悪は、過労、精神的ストレス、冬期の急激な気温の変化等の労働その他の生活環境にも規定されるもので、高血圧症に罹患している者は深夜業務に就くことは不適当とされているにもかかわらず、訴外会社においては、従業員の健康診断を行わず、Aの身体的状況を全く把握しないまま、Aの症状に適した職務内容とするなどの配慮を一切しなかった結果、Aは、相当過酷な勤務条件の下で長期間継続的に深夜の警備業務に従事し、本件疾病発症当時には、睡眠不足と精神的ストレスによる肉体的、精神的疲労が蓄積しており、しかも当時は冬期で、ヒーターの入っている自動車内と車外との温度差が相当大きいのに、一夜に八〇回以上も乗降して急激な気温の変化にさらされる警備業務を遂行していたのであるから、これらの事実を総合考慮すると、Aが本件疾病を発症したのは、同人の基礎疾病がその一因をなしているとはいえ、これに同人の右業務が共同して、単なる基礎疾患の自然的経過による増悪を著しく超えて、その症状を急激に増悪させ、病状の進行をはやめた結果によるものと認めるのが相当である。
 (人証略)の証言中右認定に反する部分は容易に採用することができず、他に右認定を左右できる証拠は存しない。
 したがって、Aの業務と本件疾病との間には相当因果関係があるもので、本件疾病には業務起因性を認めることができるというべきである。