全 情 報

ID番号 05130
事件名 業務災害不該当処分等取消請求事件
いわゆる事件名 小樽労基署長事件
争点
事案概要  本態性高血圧症の基礎疾病を有するワンマンバスの運転手がバス運行業務中に脳出血の発作を起こして昏睡状態に陥り死亡したことが業務上に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条1項(旧)
労働基準法79条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1970年2月10日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和42年 (行ウ) 25 
裁判結果 棄却
出典 時報593号29頁/タイムズ247号310頁/訟務月報16巻7号741頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 Aがワンマンバスの運転手であつたことが同人の死亡の一因をなしているかどうかについて検討する。
 (証拠省略)を総合すると、Aの場合を含めてワンマンバスの運転手の業務内容はツーマンバスのそれと比べて運転手も客の乗降状態に注意を払うほか、客の案内(Aの場合テープレコーダーを使用していた)、料金、乗車券の取扱い、両替え、ドアーの開閉(Aの場合ハンドル操作によつていた)、乗務後の料金精算などの作業が余計に課せられているうえ、停車時に客を扱うため休息をとり難い点において精神的肉体的負担がより大きいものであることが認められる。しかし、Aの乗務していた循環路線の一周距離、所要時間および同人の労働条件は前記認定のとおりで、これが特に過重なものとは認め難いし、(証拠省略)を総合すると、路線の道路は巾約一〇メートルで全線が舗装されていたこと、車の後退が困難な場所には誘導員が配置されており、Uターンなどが困難な場所もなかつたこと、一方、訴外会社から運転手に対するワンマンバスの割当は本人の運転経験年数、運転技術、接客態度などが考慮されたうえで行われ、ワンマンバスの運転手には一日一五〇円の特別賃金が支給され、乗務時間もツーマンバスの運転手より若干短縮されていたが、本人から辞退があれば会社側はこれに応じてツーマンバスの運転手に替え得る用意があつたこと、しかしながら、同社が昭和三八年四月にワンマンバスを採用して以後Aの場合も含めて運転手側からワンマンバスの運行について不満が出たことはなかつたこと、会社側と組合側ではそれぞれ年一回づつ運転手の定期健康診断を行つているが、Aは、昭和三八年四月、一一月、三九年三月の三回の健康診断においていずれも要治療と診断され、この旨が同社の厚生課から運行管理者らに知らされており、管理者においてAの残業時間が増えないように、また休日を確実にとらせるようにすべく指示されていたこと、同社では運転手が乗務に就く前に必ず運行管理者の点呼を受け、その際身体の具合が悪い者は申し出ることが許されていたが、死亡当日を含めてAはそのような申出をしたことはなかつたこと、勤務の具体的な割当については原則として三日前に決定され、前日までに本人が確認する仕組になつていたこと、小樽市内線には約一九〇名が常時出勤していたが、支障に備えて一〇名程の予備乗務員が確保されていたことが認められる。以上の事実によれば、ワンマンバス運転手がツーマンバス運転手に比して精神的肉体的負担が少くないことは否定し得ないが、前記認定のような路線の状況、誘導員の配置などについての配慮をし、また運行管理者らに対して、Aの残業時間、休日について指示を与えるなどしていた会社側の労務管理状況にAの場合バスの運転について長年の経験を有していたうえ、ワンマンバスに乗務する以前から同じ路線を運行し、ワンマンバス乗務となつてから一年近く前記1のように同一労働条件の下に支障なく勤務していたことなどを考え合わせると、同人がワンマンバスに乗務していたこと自体が同人の死亡の一因をなす程に強度の疲労をもたらしたものと推測することは困難である。
 五 更に、(証拠省略)によると、本態性高血症は医師の指示による降圧剤などの服用その他の治療を受けることにより回復ないし症状の安定を期待し得る反面これを中断すると再び悪化するおそれが多分にあること、Aの場合前記のように比較的若年で疾病になつたうえ、病歴も長く、最低血圧も高く、心電図上の所見が見られるなど悪性の例に属し、昭和三九年九月二八日の心悸亢進の自覚症状以後なお医師の指示による治療が必要であつたにもかかわらずAは、同年一一月一二日以後通院をやめ売薬を服用していたにとどまつていたことが認められ、このような治療の中断がAの症状を一段と促進させた可能性も考えられ、加えて前記のように、本態性高血圧症の基礎疾患を有する者は平常時においても脳出血発作をおこすことがあり得るのであり、これらの事実と前記四認定の諸事実とを併せ考えれば、本件にあらわれた資料をもつてしては未だAの死亡と業務との間に相当因果関係の存在を認めるには不十分であるといわなければならない。