全 情 報

ID番号 05174
事件名 労災保険給付不支給決定取消請求控訴事件
いわゆる事件名 川崎南労基署長事件
争点
事案概要  日雇い港湾労働者が紹介先の事業場から派遣された連絡員の点呼確認を受けたあと、自己所有のオートバイで事業場に向う途中の事故による負傷につき業務上か否かが争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法1条
労働基準法75条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 通勤途上その他の事由
裁判年月日 1977年1月27日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (行コ) 65 
裁判結果 棄却
出典 東高民時報28巻1号5頁/訟務月報23巻2号367頁
審級関係 一審/05149/横浜地/昭48.10.19/昭和48年(行ウ)5号
評釈論文 西村健一郎・労働判例291号4頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-通勤途上その他の事由〕
 職業安定所川崎出張所においては事業主側からの申込に基いて掲示された求人案内を見て日雇労働者が窓口に提出した青手帳に紹介先、指示事項等を記入した後、労働者には所定の整理券を渡し、青手帳は紹介票とともに求人側の連絡員に手渡し、連絡員が紹介を受けた労働者を点呼確認したうえ、青手帳を預つたまま労働者を事業場に引率するという方法が慣行として行なわれていた。A会社においてもこの慣行にそつて求人係の連絡員を安定所に派遣し、紹介を受けた労働者を確認したうえ出迎バスに乗せて事業場に送る建前をとつていたが、労働者の中にはバスに乗らず、自己のオートバイや自転車で事業場に向かう者もいて、会社側は労働者の任意に委ねていた。また、安定所における人員点呼も必ずしも厳格には行なわれず、常時自己のオートバイ等を利用している労働者の中には特に断わらないで事業場に向かう者もあり、他の労働者に連絡方を託して行く者もあるという状態で、連絡員は何らかの方法で紹介を受けた労働者の員数を把握したうえで出迎バスを発車させるが、市営埠頭内にある現場事務所で労働者の到着を確認するまでは連絡員の一人を安定所に残留させていた。市営埠頭に入つた労働者は会社の現場事務所に出頭して青手帳との照合による到着の確認を受け、安全帽を受け取り、当日荷役作業の行なわれる作業現場を指示され、午前八時から作業に入りうるよう、作業指揮者の指示のもとに現場に向かつていた。控訴人は、本件の事故発生当日が日曜日で安定所まで乗つて来たオートバイの預け場所がないため、出迎バスの運転手にオートバイで行く旨を告げて市営埠頭に向かつたものであつた。
 以上のように認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。
 右事実関係によるときは、A会社の連絡員が安定所で紹介を受けた労働者を青手帳に基づき把握した段階で、同会社と労働者との間の雇用関係が成立したものと認めるべきであるが、右雇用関係の成立前においてはもとより、その成立後においても、会社側で用意した出迎バスに乗つた労働者は別として、控訴人らのように自己のオートバイ等で事業場に向かつた労働者については、それが会社側からの特別の指示による等の特段の事由のないかぎり、いまだ使用者の支配下に入つてその指揮命令を受けるべき状態に至つたものということはできず、前記現場事務所に到着して確認を受けるまでは、通勤の途上にあつたものと解するのが相当である。
 控訴人は、本件事故が賃金支給の対象となる時間内に発生したことを根拠に、使用者の支配下において生じたものと主張するけれども、当日予定された実働作業時間は午前八時から午後五時まで(途中の休憩時間一時間を除く。)であり、その前後各三〇分間は、作業準備および後始末に要する時間として残業手当の名目による賃金支給の対象とされていたものであることは控訴人の自認するところであつて、〈証拠略〉によれば、右賃金支給の対象時間に関する定めは、給与改善の一方法として港湾労働者の組合と事業主団体との間で結ばれた協定による賃金の計算方法に関する取決めにより名目上給与の対象時間としたものにほかならず、前後各三〇分の全部が作業準備ないし後始末のために現実に拘束された時間であることを意味しないことが明らかであつて、現に本件事故は控訴人が事務所に到着してその確認を受ける前の段階で生じたものであること前叙のとおりであるから、賃金支給の対象時間たることを根拠として控訴人が使用者の支配下にあつたものと認めることはできない。
 また、控訴人は、本件事故現場がA会社の事業場であり、少なくとも事業場に準ずべき場所である市営埠頭内であるから、使用者の支配下において生じた事故であるとしても主張する。しかし、〈証拠略〉によると、本件事故現場は各社の工場群に囲まれた公道上であり、A会社の荷役作業の行なわれる岸壁や野積場からは離れていることが明らかであつて、同会社の恒常的な事業場とは認められない。控訴人は、港湾荷役作業の性質とくに港湾労働者の相互融通の慣行や陸上運送と直結している同会社の業務内容等を根拠に、同会社の事業場は市営埠頭全域にわたるとするけれども、作業現場間の移動経路や陸上運送の通路等として利用されることがあることを理由に、かような公共的地域を含む広範囲な場所を無限定に、同会社の事業の行なわれる場所だと称してみても、当該場所に入つたことをもつて事業主の支配下に入つたものと認める根拠となしえないことは明白であるから、当面の問題にとつて何ら意味のないことというほかはない。