全 情 報

ID番号 05234
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 北九州西労基署長事件
争点
事案概要  肺がんで死亡した者につき、職場において多年にわたり少なからぬタール暴露を受けていたことによるものであるとして労災保険の給付が請求された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法13条
労働者災害補償保険法14条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
裁判年月日 1990年3月23日
裁判所名 福岡地
裁判形式 判決
事件番号 昭和55年 (行ウ) 22 
裁判結果 一部認容・却下(控訴)
出典 タイムズ754号169頁/労働判例560号32頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 本件不支給処分は、前記認定基準によるかぎり、一応、これに沿ったものということができるので、被告が認定基準の趣旨を忠実に遵守する以上本件不支給処分をしたのは、それなりに理由のないことではないというべきかもしれない。しかし、本件不支給処分の理由に掲げられている中で、「【1】一八年六か月にわたりコールタール揮発物のばく露を受ける作業に従事していたことは認められるが、これらの作業が間接ばく露作業であり、そのばく露程度が製鉄用コークス炉上または炉側作業における場合に比べると著しく低いものと考えられる、【2】一日の労働時間中の間接ばく露作業が断続的かつ短時間である、しかも、過去においてばく露が高度であったとか、局所的に高濃度ばく露があったとかの客観的事実も認められない、【3】同職種の労働者にガス斑が認められないなどの理由により業務遂行性は認められるが、業務起因性は認めがたい。」との趣旨が裁決まで一貫して述べられている。しかも、〈証拠〉によれば、裁決においては、【1】昭和四九年五月の測定値である別表3に関連して、特化則制定前の状態につき、「表示値よりは高かったものと推認されるがその程度は一桁違うことは想定されず」とか、【2】ばく露量が「Aに比べると桁違いに少量であったと推認される」とか、【3】亡Bの作業場所のタール「濃度は往時といえども許容濃度を大幅に上まわるものではなかったと認められ」とか述べて、結局、同人のばく露量がAの一〇分の一程度であることを重視していることが認められる。しかし、黒崎工場の改善前の状況が改善後と一桁も違うなどということを想定しえないという部分を裏づける資料は何も見当たらないし、改善前のタール濃度が許容濃度を大幅に上まわるものではなかったとの点を窺うような資料もない。むしろ、その逆を想定し、少なくともACGIHの示した許容濃度一立方メートル当たり〇・二ミリグラムを超えていた可能性が十分にあると見ることさえ不自然ではないというべきであろう。しかも、ばく露程度が製鉄用コークス炉上又は炉側作業における場合に比べると著しく低いと言っている部分も、Aに比べて少量であったというに止どまる相対的なものにすぎず(〈証拠〉によれば、再審査の審理における原処分庁の意見もそうであると認められる。)、それも確実な数量を把握したものでないことは既に示したところである。また、一日の労働時間中の間接ばく露作業が断続的かつ短時間であるというのも、先に触れたように、亡Bのタールばく露時間をAのそれと比較したとき、確かにいわゆる間接ばく露であり、タール様物質の存在する作業場での作業時間が断続的で短いことはいうまでもないが、これは、認定基準が製鉄用コークス炉上等の作業につき五年以上従事としていることと対比すべきであって、三〇年以上の長期間従事したAの作業時間と比較し、その一〇分の一であることを理由とするのは当をえないのではないかと思われる。そうすると、間接ばく露であり、タール濃度の低さを考慮に入れても、亡Bの一八年六か月間、又は一三年五か月間の期間の長さを今少し斟酌すべきであり、問題は、それでもなおかつ認定基準【1】に匹敵するようなものでないといえるかどうかに帰着しよう。別表2のうちタールばく露時間の算定も明確な資料によるものでなく、経験又は記憶によって算定したものにすぎないことも、前示したとおりであるが、それはそれとして、同表に掲げられたばく露時間以外の時間が全くばく露を受けていなかったともいえないのではないかと考える余地があり、これを全く無視して考えるのは、やや正確さに欠けるのではなかろうか。したがって、亡Bのタールばく露量を一概に少量のものとして排斥するのは、やや早計に失する嫌いを拭えない。
 一方、認定基準のもとになった専門家会議の結果によると、タールばく露と肺がんの因果関係は、疫学的調査によるほかなく、製鉄用コークス炉上等作業における五年以上の従事者に関しては優れた調査があってほぼ確実にこれを認めることができるとはいうものの、何分にも数量的に把握することの困難な分野であり、他方、その近辺にいた者については未だ肺がんの報告は現時点においても何もないというだけで、肺がんとの因果関係を否定する確実な資料に乏しいことも考慮に入れる必要があろう。裁決も含めて、本件不支給処分による被告の判定は、確実な資料を欠くにもかかわらず、いわば一つの推定の域を出るものでなく、未だ積極的に否定するだけの根拠として確立したものとはいえないというべきであり、その確度も他の資料を排除する程高いものとはいえない。亡Bが長期間にわたってタール様物質のばく露を受けていたことをいささか軽視しすぎるといわざるをえない。原告には認定基準に達するばく露量を具体的な数量として確定し証明する資料に欠けるとはいえ、先に挙げた資料からその量を推定する場合、多めに見れば認定基準に達していた作業環境の中にいた可能性が十分にあり、また、逆に、少なめに見れば否定に傾くという本件の状況下において、否定資料の確度もさほど高くなく、亡Bの肺がんが原発性のものであって、多年タールばく露を受けていたこと、それも少なからぬ量であったと推定しうること、ガス斑がなかったとはいえ、黒崎工場の従業員、保全課の従業員にもガス斑の発症した者がいたことなど周辺の資料を併せ考えると、同人の肺がんが認定基準の前記【2】(製鉄用コークス炉上等作業につき五年以上従事に匹敵するようなばく露量)の要件を充足していた可能性を否定することはできないのではないかと考える。したがって、亡Bの肺がんは、業務に起因する蓋然性又はその可能性がかなり高いといわねばならず、そうであれば、改正前の労基規則第三五条第三八号に該当するものであると認めるのが相当である。
 亡Bの死因が肺がんの肝臓転移による肝性昏睡であったことは、先に認定したとおりである。そして、右肺がんに業務起因性が認められる以上、同人の死亡についても、業務起因性を認めることができる。