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ID番号 05272
事件名 降格処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 神谷商事事件
争点
事案概要  始末書提出命令は独立した処分ではなく、それ自体としては何ら法的効果を生ずるものではないので、無効確認の利益はないとされた事例。
 早番勤務から遅番勤務への変更命令の拒否を理由とする降格処分が無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 始末書不提出
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇 / 処分無効確認の訴え等
裁判年月日 1990年4月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (ワ) 431 
裁判結果 認容
出典 労働判例562号30頁/労経速報1394号4頁
審級関係 控訴審/05525/東京高/平 3. 3.19/平成2年(ネ)1586号
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
〔懲戒・懲戒解雇-処分無効確認の訴え等〕
 (証拠略)によると、被告会社は、その就業規則において、懲戒の一種類として、降格転職処分を定めているが、それは「現在の職位を引き下げるか、又は職位を免ずる、若しくは職種を変更させる。」処分であって、併せて始末書も提出させることとしている(就業規則八四条)ことが認められる。そして、弁論の全趣旨によると、原告が無効確認を求める昭和六〇年一月八日付けの始末書の提出を求める処分というのは、同日付けの懲戒処分である降格処分のうち就業規則八四条によって始末書の提出を命ずる部分であることが認められる。
 ところで、(証拠略)によると、被告会社は、就業規則において、懲戒処分の一種類として、始末書をとり将来を戒める処分として譴責を定めているが、右譴責処分により提出を求められた始末書を提出しない場合には懲戒を加重するとしている(就業規則八九条)、降格転職処分によって求められる始末書を提出しない場合に何らかの不利益を科(ママ)済旨の規定は就業規則にはないことが認められる。そして、降格転職処分を受けたことによって、将来の昇進、昇格、昇給等について不利益に扱われることは別にして、降格転職処分によって求められた始末書の不提出によって原告が、法的にはもちろん事実上も不利益を受けるとは認められない。
 これを要するに、原告のいう昭和六〇年一月八日付けの始末書の提出を命ずる処分というのは、独立した処分ではなく同日付け懲戒処分の一内容にすぎず、しかも、それ自体としては何らの法的効果を生ずるものではないのであるから、その無効確認を求める利益はなく、原告の請求の趣旨第1項にかかる訴えは不適法である。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 三 右認定の事実に基づき、本件命令及び本件処分の効力について検討する。
 1(一) なるほど、原告を早番勤務に変更した場合には、一二月一日以降ボーリングフロント係の遅番勤務に在籍する従業員は五名となり、公休、有給休暇等によって勤務しない従業員を考慮すると、遅番に現実に勤務する人員は四名以下になることがあることが予測できたというべきである(右二1。なお、〈証拠略〉によると、一二月一八日の遅番に勤務した者は三名であったことが認められる。)。そして、被告会社は、原則としてボーリングフロント係の勤務人員を少なくとも四名と考えていたのであって、一方、原告を早番勤務に変更せず、しかも、Aを採用しなかったとしても、一二月一日ボーリングフロント係の遅番勤務に在籍する従業員は六名はいたのであるから(右二1)、本件命令は、それ自体としては人員配置上の必要性がないではなかったことを肯定することができる。
 (二) しかし、被告会社は、ボーリング場フロント係の遅番勤務であったB及びCは、それぞれ一二月二九日及び昭和六〇年一月三一日に雇用期間終了のため退職したが、その時点では、(年末年始は最繁忙期であったにもかかわらず)その後任補充のための特別の措置をとっていないこと(右二13)に照らすと、被告会社は、ボーリング遅番在勤者が五名以下となることを容認していたことが窺われる。そして、原告は、もともと遅番勤務と限定して雇用されたものではなく、遅番と早番の勤務を交替してきたこと(当事者間に争いがない請求原因3(一))、被告会社においては、遅番と早番のいずれに勤務するかについては、従業員の希望が相当程度尊重されており、一二月一日から早番勤務を命ずる命令(被告会社は、右命令は、原告の遅番勤務の後任者が採用できることを停止条件又は原告の遅番勤務の後任者が採用できないことを解除条件とするものであると主張するようであるが、このような条件が付されていたことを認めるに足りる証拠はない。)は、原告の希望に基づくものであること、業務上の必要性が強い場合であっても、勤務時間帯の変更は、当該従業員の了解をとって行われていたこと(以上右二2、3)を併せ考えると、本件の場合に、原告の同意を得るともなく、同意を得るための努力をすることもないままに、早番勤務の命令を撤回し、遅番勤務を命ずることが相当であるとするだけの合理性、必要性があったものとは認められない。なお、一一月二〇日の原告を一二月一日から早番に勤務させる旨の被告会社の命令は、確定したものとしてされたものであるというべきであり、特に原告の希望を容れてされたものであるから、原告の一二月一日から早番に勤務できると期待したことは推認に難くなく、右期待は尊重されるべきであるから、右命令を撤回し、改めて遅番勤務を命ずることは、早番に勤務している者を遅番に勤務するよう命ずる場合とほぼ同様に考えるのが相当である。
 (三) そして、被告会社が、本件命令をする方針を決定したのは、一一月二二日であるが、同日には、一一月二七日発売の「D誌」に求人広告が掲載されることが決っていたのであり、従前被告会社の必要とするアルバイトがほぼ完全に採用できたのは会社の所在場所が便利であることが大きかったというのであるから、「D誌」に求人広告を掲載するのは始めてであったとしても(以上右二4)、一一月中ないしは一二月はじめには、ボーリング場フロント係の遅番勤務のアルバイトが採用が期待できなくはなかったというべきである。更に、Aが、一一月二八日、ビリヤード場の勤務に応募してきた際、ボーリング場フロント係勤務を勧めるのであれば、同人が早番勤務が希望であったとしても、遅番勤務を打診することは容易なことであったのに(遅番勤務を打診することによって、Aが被告会社に勤務すること自体を断るとは認めがたい。)、かかる一挙手一投足の配慮をもしていない。そして、一一月から一二月にかけて、会社が、原告を早番勤務に変更できないのは、組合がアルバイトの募集広告の掲載を妨害したために遅番の募集ができなかったからである旨主張していたこと(右二8)、Aが応募したときには、今後「D誌」にも求人広告を掲載することは困難となり、そのことにも組合が何らかの関与をしていることが推測しえたこと(右二6、7)等をも併せ勘案すると、被告会社が、本件命令をしたのは、人事配置上の必要性とは別の事情を考慮したためであるのではないかと疑い得る。
 (四) 以上を考慮すると、本件命令(及び一二月一日以降、原告が遅番勤務につくまでの間にたびたび発せられた遅番に勤務するようにとの命令)は、権利の濫用であって無効ということができ、原告は、一二月一日以降遅番に勤務する義務はなく、むしろ早番に勤務すべきであったということができる。