全 情 報

ID番号 05333
事件名 解雇無効確認請求事件
いわゆる事件名 日本炭砿事件
争点
事案概要  使用者からの条件付退職勧告に対して、組合の解雇承認決議を尊重して退職願いを提出し予告手当、退職金および特別退職手当金を受領した後で、解雇無効を争った事例。
参照法条 労働基準法3条
労働基準法2章
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇(レッドパージなど)
解雇(民事) / 解雇の承認・失効
退職 / 合意解約
裁判年月日 1954年6月19日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 昭和28年 (ワ) 422 
裁判結果 棄却
出典 労経速報154-155号6頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-合意解約〕
 会社は前示条件付解雇通告を為して解雇関係の合意解約の申入及び任意退職の勧告をなす一面、解除条件付解雇通告をなしているが、会社は労働組合の要望を容れ、退職願の提出期限(法律的には合意解約の申入れに対する承諾期間)を十一月十六日まで延長しているからX1、X2、X3を除く原告らが退職願を提出した十一月十一日当時には、未だ条件は未定で、解雇の効力は確定的には発生していなかつたこと明らかである。しかるに右原告らは組合の解雇承認決議を尊重して内心不満ながら退職願を提出し、会社のなしたる合意解約の申入を承諾し、且つ予告手当、会社の支給規定に依る退職金の外、会社が依願退職(雇傭関係の合意に依る終了)の場合でなければ支払わないことを通告書に依つて明示した特別退職手当金まで何らの異議を留保せずして受取つたのであるから、解除条件の成就に依り解雇はなくなり、雇傭関係は合意に依つて終了したこと明らかである。
 〔中略〕
 労働者は解雇通告に不満であつても解雇理由や退職の条件、会社に強いてとどまつた場合に受け得べき給与と他の仕事に従事する場合に得べき収入との比較、国内及び組合内の世論の支持、その他諸般の事情を考慮して、たとえ会社が先きに条件付解雇通告をした場合でもこれを受諾して合意に依つて雇傭関係を終了せしめる場合のあることは充分考え得られることであり、又世上にその例も必ずしも乏しくなく(当時の職員労働組合長証人Aの証言もこれに符合している)、不満だから必ず解雇ないし退職勧告を受諾しない筈のものと判断することは出来ない。
〔解雇-解雇の承認・失効〕
 退職金は雇傭関係の終了を前提としなければ受取れぬ筈のものであり且つ退職金を受領することはその性質上雇傭関係の終了に伴う清算手続として考えられるから、前示の通り解雇をめぐる一切の訴訟を取下げて後これを受取ることは、会社に対しては解雇には不満であるが、もはやこれにつき異議を主張しない黙示の表意をしたものであり、会社としても原告らが解雇をめぐる一切の訴訟を自ら取り下げた後において退職金を受領に来た以上仮りに表示せられざる原告らの内心の意思がなお解雇を争うに在つたにせよ、会社としてはこれを知らず、ただ原告らがこの解雇に不満であるため退職願を提出して合意解約ないし解雇の承認まではしないが、解雇の効力を争うことはこれをやめ、もはや解雇につき異議を主張しない意思の下に退職金の支払を請求するものと信じてこれを支払つたものであり、かく信じたのも無理はないと認められる。
 従つて退職金の授受により、もはや解雇の効力を争う或いは解雇につき異議を主張しない黙示の合意が成立したものといわなければならない。
 〔中略〕
 信義則上からいつても原告らは解雇無効の主張を為し得ない。即ち原告らは前示の通り解雇無効確認の本案訴訟その他解雇をめぐる一切の訴訟を取り下げて後退職金の支払を請求したのであるから、会社に対し解雇の効力を争うことをやめ、解雇についてもはや異議を主張しない旨の黙示の表意(そうとしか考えられない表示行為)をしたものというべく、しかも会社をしてこの表示行為に基き退職金を支払わせながら、後に至つて反言し自ら意識してなしたる不真意表示を理由に-受領した退職金もそのままにして-再び同一の訴を提起して解雇の無効を主張することは、その権利行使の方法があまりに恣意的であつて信義則に反するものというべく、又一方法律関係ないし法律秩序安定の理念からいつて-内心の真意が解雇を争うにあつたと仮定しても-自ら意識して内心の意思に反する一定の表示行為をなし、その結果相手方に対し或る給付をなさしめ、或いは右表示行為に信頼して一定の事実状態ないしは法律関係を形成するに至らしめながら、二年七カ月も経過した後に自ら意識してなしたる不真意表示を理由にさきに自ら作出するに至らしめた事実状態ないし法律関係を何時でもその欲する時に自由に覆し得るものとすれば、法律関係はその者の恣意的に左右し得ることとなり、なるべく速やかに法律関係を安定せしめんとする法の理念に背馳する結果となるから、この点からいつてもかような恣意的な反言は許されずこれに基く権利行使は信義則違反といわねばならぬ。
〔労基法の基本原則-均等待遇-信条と均等待遇(レッドパージなど)〕
 共産党員であるからといつて、従業員として如何なる言動をなしても解雇されない特権を有するものではない。憲法第十四条第一項はすべて国民は法の下に平等であつて信条その他に依り政治的経済的又は社会的関係において差別されない旨を規定しているが、同条は国家と国民、又は公共団体と国民、とのいわば縦の関係を規定したものであつて、〔中略〕又労働基準法第三条の規定は憲法第十四条の理念を労働関係において具体化したものということが出来る。しこうして憲法第十四条は同第十九条と相俟つて単なる内心の思想信条に依る差別待遇を許さないことを規定し、労働基準法第三条もまた使用者は労働者の信条を理由として賃金労働時間その他労働条件について差別的取扱をしてはならない旨を規定しているから、単なる思想信条を理由にして労働者に対し解雇その他差別待遇をなすことは勿論許さるべきことではない。しかしながらこれらの法規は一定の思想信条が或る目的達成のため、言論として外部に発表せられ又は進んで行動に移された場合、且つそれが国家の保護する社会の秩序、他人の権利自由を侵害し或いはこれを侵害すべき現実の危険を生じた場合においても、一切無制限であり自由であり、他人はその権利又は自由の侵害を甘受しなければならないことを定めたものではない。このことはこれら法条の立法趣旨より見て当然であつて、これら法条に内在する当然の制限として理解し得るのみならず、憲法第十二条第十三条と対照するも首肯し得られるところである。
 〔中略〕
 従業員は一般国民として或いは労働組合員としての一面を有すると共に他方雇傭関係における従業員としての面をも併せ有するものであるからその一面のみを強調して他の面を全く無視することは条理の許さないところである。
 従つて雇傭関係における使用者はその雇傭する従業員の内心の思想信条の如何のみによつてこれを解雇する等の不利益な処置を取ることは許されないが、その思想信条に基く言論又は行動が、使用者の権利を現実に侵害し、又は使用者に対する義務に現実に違背し、或いは使用者の権利を現実に侵す危険、若しくは使用者に対する義務に現実に違反する危険が明白に存する場合は、たとえそれが一定の思想信条より発した言動であつたとしても使用者が憲法の精神及び社会生活上の通念に照らし客観的にも相当と認められる処置を講ずることは何ら前示憲法労働法の法規に反せず民法第九十条に反することもない。
 このことは既に判例上確立せられたかの観ある事柄であるがこれを本件について観るに前示の通り被告会社の原告らに対する解雇通告の理由は右原告らが単に共産主義者たることのみを理由にしたものではなく原告らが雇傭契約の本旨に反する言動をなしたことが解雇の理由になつているからこの点に関する原告らの主張は失当である。