全 情 報

ID番号 05352
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 川崎製鉄事件
争点
事案概要  新制高等学校二年中退を新制中学卒業とした経歴詐称につき、使用者の全人格的判断に決定的な影響を与えるものでなく、本件懲戒解雇は権利濫用にあたるとされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 経歴詐称
裁判年月日 1955年6月3日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和30年 (ヨ) 90 
裁判結果 申請認容
出典 労働民例集6巻3号307頁
審級関係
評釈論文 季刊労働法18号86頁・22号56頁/労働時報9巻11号24頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-経歴詐称〕
 そこで、申請人の右前歴詐称行為が就業規則第百六条第十四号に該当するかどうかにつき判断するのに、労働関係は労使の継続的結合関係であり、労使双方の信頼と誠意とによつて成立し、又維持せらるべきもので、使用者が労働者を雇傭するに際しては右信頼関係を基盤とし当該労働者の知能、教育程度、経験、技能、性格、健康等について全人格的判断をなし、これに基いて採否を、採否の曉は賃金職権その他の労働条件を決定するのである。従つて、使用者が労働者の経歴を熟知することは採否、労働条件を決定し、又企業秩序を維持し業務の完全な遂行を可能ならしめるために必要欠くべからざる要請である。而して、就業規則第百六条第十四号は単に「経歴の詐称」を懲戒事由としているが、その経歴の詐称はごく些細なものでは足らず、あくまで使用者の労働者に対する信頼関係、企業秩序維持等に重大な影響を与えるものでなければならない。ところで、成立に争のない疏乙第四号証と申請人本人尋問の結果(第一回)により疏明せられる如く申請人は右雇傭当時未だ十八才にすぎなかつたから、その最終学歴の如何はそれ自体経歴中における最も重要なものであるのみならず、証人Aの証言によると、経歴詐称者をそのまゝ企業内に放置することはそれ自体他の労働者にも悪影響を及ぼしその企業秩序を破壊し又被申請人会社の外部に対する信頼性等にも重大な影響を及ぼすこと及び被申請人会社においては新制中学校卒業者と新制高等学校中退者とは若干その採用方法を異にし、前者は工場限りの採用であるが、後者は右採用方法の外本社人事課で一応書面審査を行うのであり、更に後者には制度上職員への昇進の途が開かれていることが疏明せられるから、申請人の詐称行為も、労使双方の信頼関係、企業秩序維持等に重大な影響を与えるものというべきである。そうすると、申請人の右詐称行為は就業規則第百六条第十四号に該当するものといわねばならない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 そこで、申請人の権利濫用の主張につき考えるのに、懲戒処分中解雇は労働者を企業外に追放する極刑ともいうべきであるから、当該労働者をそれ以下の懲戒処分に附して反省の機会を与えることが無意味であつて、企業秩序維持の必要上当該労働者が企業内に止ることを許す余地が全くない場合に行われるものと解すべきであり、本件就業規則第百六条もこの見地から解釈せらるべきところ、申請人の詐称行為の態様は前記の如く高等学校中退を中学校卒業とより低次の学歴に詐称したもので、その程度も被申請人会社の申請人に対する全人格的判断に決定的な影響を与えるものではなく、真実を述べても当然雇傭せられたであろうと認められる程度のものであるのみならず、
 〔中略〕
 申請人はB新制中学校を卒業後、家庭が貧困なため所謂アルバイトとしてC工業所に勤務しながらB新制高等学校に通学していたが、欠席勝ちであつたので、同高等学校二年で中退したのであるが、前記雇傭に際し、申請人は右中退の事実を打明けるのを恥じ、たゞ慢然と学歴を詐称するに至つたもので、別に他意があつたわけでなかつたこと、雇傭後も勤務上別段の支障もなく、被申請人会社に何らの損害も与えていないこと及び前記の如き職員への昇進制度も終戦後一度も実施せられたことがないことが疏明せられる。
 〔中略〕
 申請人は右雇傭後約二年間は他の工員との間に意思の疏通を欠き、職場内も円滑さを欠いていた上、勤務成績も中程度以下で無届欠勤も多かつたことが疏明せられる。しかし、右事実が申請人の経歴詐称による不正入社に基くものであるとの疏明がないのみならず、申請人本人尋問の結果(第二回)によると、申請人は被申請人会社からその勤務成績或は無届欠勤につき未だ一度も注意を受けたことがない上、最近では同僚との関係も円滑に行つていることが疏明せられる。以上を要するに、これらの事実を対比検討するとき、申請人の詐称行為は一応企業秩序維持の上から穏当を欠くけれども、これによつて労使双方の信頼関係が根底より覆され、被申請人会社が企業秩序維持の必要上申請人を企業内に止まらせる余地が全くないものとは云いえないから、被申請人会社は申請人を解雇より軽い懲戒処分に付するのが相当である。
 そうすると、本件解雇は被申請人会社が申請人が共産党員であるとの風説のあつたこと、映画サークルを作り文化活動をしていたことを理由に申請人を解雇したかどうかを判断するまでもなく、権利の濫用として違法であり、無効といわねばならない。